20200901

2020年とか有機物とかカオスとか言っていたのは間違っていたのかもしれない。呪術とかハイファイとか言っていたのは間違っていたのかもしれない。つまりそのような現象は起きていないのかもしれない。しかしあながち間違いではないのだろう。音というものは不思議だ。Spotifyは音がよく聴こえるのだろうか。音はネットの海で配信されるために圧縮されている。しかしそれはどういう意味だろう。ボブディランは10代の頃はラジオやレコードの音を聴いていた。彼は一度聴いた曲は決して忘れない特技を取得していた。家に帰ってからギターで弾き直して自分のものにするためである。パクるためである。今の私はBluetoothイヤホンを使ってネットの音を聴いている。しかし音というものは不思議なものだ。Spotifyではボブディランの曲も聴ける。彼が20代前半に当時のテープレコーダー?で録音した音が今ではネットの中で聴ける。しかし当時の音よりもSpotifyの音は鮮明かつ圧迫感のあるものになっているのかもしれないが比べてみたい。折坂悠太の『さびしさ』は良い曲だ。新宿のライブハウスで見たときは一曲目だった。キリンジの新譜を聴かなければあと数年か数十年は音像という概念を理解できなかったかもしれないがすべては色々な音楽を無限に聴けるSpotifyのおかげしかし本当に音像というものを私は視ているのだろうか。しかし音が3Dなのは事実であろう。しかしそれも間違っているかもしれない