20200824カオス

音というものは本当に不思議なものだ。この空間は揺れていないところはない。この世は波で満たされている。何というか神の概念に似ている。この世は音で満たされており、それを音楽で表現しようとする様式をアンビエントミュージックと言う。ブライアン・イーノという人がその第一人者であると思う。ブラックミュージックを筆頭とする2020年の現行音楽において環境音のサンプリングや全体的な音色のアンビエント化が多く見られるのは、テクノロジーの発展によって作れる「音」そのものの解像度が極端に上がったからなのかもしれない。何というか、おそらく多くのアーティストは、そういった空間に偏在している音をハイファイで人工的音の中にぶち込むことによって、意図的にカオスを作り出そうとしている。米津玄師の新譜でもその傾向が見られる。the 1975の新譜でもその傾向が見られる。小袋成彬の新譜でもその傾向が見られる。PUNPEEの新譜でもその傾向が見られる。Dos Monosの新譜でもその傾向が見られる。ソランジュの新譜でもややそういった傾向が見られる気がする。ロバート・グラスパーやフライング・ロータスやフランク・オーシャンやカニエ・ウエストはもっと早い段階からそういうことをやり始めていた気がする。米津玄師の新譜に収録されている曲のどれもが、カオスで真新しいものに感じる。とくに『感電』や『Flamingo』は凄まじい量の音がレイヤードされているように感じる。その多くはカオスに捧げるための雑音であり、なくても曲として成立するが、だがそれがないと2020年現在における新しいものにならないし、センスが良いように聴こえなくなるのかもしれない。米津玄師と同じ機材を使ったら私もこの音が出せるだろうか。この音が出せたら素晴らしいだろう。『感電』の凄まじいジャズドラムを叩いているのは現行音楽の渦中にいる石若俊という人である。彼はキングヌーや君島大空や中村佳穂バンドの盟友である。『ひまわり』や『カムパネルラ』という曲は、ボーカロイド文化をまったく通ってこなかった者にとってはぎょっとするくらい異質な音楽に聴こえる気がする。『海の幽霊』はこれ以上に素晴らしい楽曲がこの世にあるのかという気さえするこれは本当にフランク・オーシャン的というかボン・イヴェールのようだと思う。日本という島国は非常に不思議な文化だと思う。