20200823有機物の音

2時半に寝た。8時半に起きた。やはりr.e.m.はロックだな・ロックは良いな・ということを感じる。しかし音楽としてはまた別のこととして感じる。r.e.m.のmonsterというアルバムは「猥雑で一次元的でめちゃくちゃなもの。すぐ目の前で演奏しているようなもの。セックスと暴力の歌ばかり」とボーカルのマイケル・スタイプが言っていた。非常にターガリエン的、とでも言えようか。退屈なミドルテンポ、歪んだ空間ギターの音、まるで炎の剣で大気をかき混ぜているかのよう。だ。ほとんど似た曲に聴こえる、美しい、気難しい、素晴らしいアルバムだ。r.e.m.のベースはロックバンドの中でも類まれなるもので、誰しもああいったベースラインを採用したいものだ。

しかしロックには安易な軽さというものがあるものだ。青少年的な安っぽさがあるものだ。2020年の現行音楽として「ロック」が最前線にあることはほとんどない気がする。近年多く見られるのはテクノロジーの発展に伴い無機物が有機物を模倣する指向性と言うべきか。と思う。無機物、有機物という言い方が正しいのかわからない。しかしルイス・コールという人の『everytime』という曲は2020年の音像をしており、きわめてハイファイというか、この鍵盤の音はほとんど電気・電圧?の音なのだが、無機質ともいうべき高解像度の音なのに、同時にものすごくアンビエントな、有機的な音にも聴こえる。おそらく電子配列的な音の拍子をわざと少しずつズラすことによって手弾き感を出してるからであろう。というかこの「無機物から有機物へ向かう姿勢」というか、そういったテクノロジーをふまえた今の音としてのあり方みたいなものが、2020年現行音楽の周波数を作っている。ようにも思える。環境音のサンプリングなど最近のアーティストが意識的に行っているのも、有機物をハイファイな音の中にぶち込みたい欲望というか、インターネットから見た有機世界へのノスタルジーというか、それは無いかもしれないが、なぜならもはやインターネットも有機的な自然になりつつある、しかし何かしらの現象なのだと思う。

おそらく80年代や90年代のエレクトロミュージックは今とは逆に有機物が無機物を模倣しようとするものであったことだろう。よりメカメカしい感じだったことだろう。しかし2020年はApple製品のデザインなど、生物的な生々しい曲線美が多く見受けられ、こういった手法を行うとなんとなくセンスが良い、という空気感になっているようにも思える。いわゆるモードというものか、音も同じことであろう。

米津玄師の新譜はおそろしく緻密で高貴な音楽芸能としてこの先何十年も歴史に刻まれることであろう。と思う。さまざまな異国文化の練り混ぜられた歌舞演芸、おそろしく骨太で飽きない楽曲たち、めちゃくちゃで新しい日本歌謡として、何というか色んな意味で聴く人を啓蒙することであろう。人類が滅亡しないかぎりこの「次」もあるかと思うと、果てしなく不思議な気持ちになることであろう。https://open.spotify.com/playlist/4hVLWYgR6DU9ZkN2FDB0B5?si=8W8wAfxBSVOCdPsX0NRXUQ