20200629メイスター・エイモンの最期の言葉

マックス・リヒターの『sleep』を聴いているとまるで80歳の自分が「これで良かったのだろうか」と今言っているかのよう、だ。おお…そんなことはあるまい。そんなことは“起きていない”。しかし〈壁〉(200m×480km)の監視と防衛に務める誓約の哨士…冥夜の守人“ナイツウォッチ”には、白齢の賢人メイスター・エイモンがいた。学匠“メイスター”とは、知識の城“シタデル”で知の研鑽を積んだ精神の騎士に与えられる称号のことだ。彼はかつて、冥夜の守人“ナイツウォッチ”の誓約を交わし何者でもなくなる前は、王族の身分であった。「エイモン・ターガリエン」、それが彼の名であった。彼は凄まじい物語を内包しているが、そのすべてが語られることはない。私はもっと、彼のことが知りたい。〈炎と血〉…恐ろしい標語を掲げる…ターガリエン家の…彼はメイカー一世の息子だろうか? 幸運王と呼ばれた、エイゴン五世の兄だったと思う。彼は…彼は…私は……マックス・リヒターの『sleep』を聴いていると……まるで……

「ああエイゴン、君か。

夢を見ていたよ。

老人になった夢だった」

それがメイスター・エイモンの最期の言葉であった。その言葉を思い出す。その言葉が胸に焼き付いて離れぬ。彼は老衰で死んだ。臨終の際、傍らに付き添っていたのはサムウェル・ターリーとジリだった。ジリの胸には“ちびちゃんのサム”が抱かれていた。意識が朦朧としていくに連れ、メイスター・エイモンは過去と現在を混同し始め、時間の亀裂の中へと落ちていった。滝のようにびっしょり汗を流しながら青白い顔で震えはじめ、たわ言を繰り返しながら傍らのサムウェル・ターリーに手を伸ばした。そして力強くそれを掴んだとき、彼の盲いた眼に一瞬光が戻ったかのようであった。というよりきょとんとした、子供のような感じであった。

「ああエイゴン、君か。

夢を見ていたよ。

老人になった夢だった」

それで死んだ。彼のその眼が忘れられぬ。夢から醒めた子供のような…安心したような…泣き出しそうな……何と感動的なことだろう。それは夢……まさか…まさかそういうことか…私はまさか…これは…80歳の自分が…もしくは誰かが……まさにちょうど“彼”が……今思い出している…記憶の一部……それがこれなのではないか…それから俺はブルブル震えながら、ビクビク痙攣しながら、ガバッと跳ね起き、「あ……夢か…老人になった夢だった………」そうして死ぬのではないか…という気が…『sleep』を聴いていると…まるで…電車の中が…〈ジョナサン〉(ファミレス)の中が…これは一体……何の映画だろうか…?〈視る〉ことの何と素晴らしいことだろう…『ファーストマン』を観たあともそう思った。すべて映画…なのではなかろうか。そして〈物語の物語〉を物語る“三つ目の鴉”のみっつの眼…それは素晴らしい…そういうことなのではなかろうか。