20200611 the1975の新譜⑥

『Don't Worry』の何と美しいことか。『Guys』の何と美しいことか。連作になったこの二曲により此度のアルバムが幕を閉じることの何と美しいことか。全編を通じて水のように流れるピアノとストリングスの調べが、最終的にこの二曲へと収束することの何たる涙のごときことか。そういった物語性は本当に音楽とは無縁なものだろうか。「人々を団結させるものとは何だ?軍か?金か?それとも旗の同盟か?どれも違う。人々を団結させるのは、物語だ。この世に物語ほど強力なものはない。誰にも止められない。敵に敗れることもない。」ティリオン・ラニスターは物語の最後にそう言った。何ということだろうか。物語性などというものは果たして本当に鳴っている音楽と無関係なものなのだろうか。わからない。わからないが感動する。このアルバムは七王国のあの物語のように人類の愛(と暴力)を物語っているではないか。また『キャスタミアの雨』のようにあらゆる吟遊詩人に詠われるべく物悲しくも美しい旋律を宿しているではないか。古今の神々に誓って、これは貝やラピスラズリのごとき記憶の断片がネットの海で巨大な〈音楽〉という名の総体になる類稀なる瞬間であろう。

『Don't Worry』の何と美しいことか。この曲を書いたのはthe1975というバンドのボーカルの父親であった。父は息子が2歳のときに初めてこれを書いた。息子は11歳のときに初めてそれを聴いた。このアルバムで彼ら親子は二人でそれを歌っている。

“あなたが恋に落ちてどうすればいいかわからないとき

暗闇が雲のようにあなたの上に覆いかぶさるとき

心配しないで 私はあなたと共にある

心配しないで 太陽はきっと輝く”

と歌っている。スターク家の長男ロブは謀叛人として捕らえられた父エダードを救うため15歳で故郷のウィンターフェル城から大軍を率いて出立するが、恋を知ってしまったがために道半ばで死んだ。約束を反故にされた“遅参公”ウォルダー・フレイの怒りを買い、彼らの同盟を復興するために催された新しい婚儀の場で惨殺されたのである。ロブの美しい妻タリサは赤ん坊を宿したお腹をナイフで滅多刺しにされて殺されてしまった。ロブは全身に矢の雨を受け、短剣で腹を切り裂かれ殺されてしまった。目の前で息子を殺された母キャトリンもナイフで首を裂かれ「ああああ」と悲鳴のような・泣き声のような、でも涙は出ていなかった。口を「あ」の形にあんぐり開けて、両腕は身体の脇にだらんと垂れ下がり、ただ無意味に「ああああ」とだけ言って死んだ。あまりに悲しいことだ。あまりに無念なことだ。何と憐れなことだろうか。〈人の“死”は唯物的なボディが事切れるだけのきわめてクールな現象〉であると??〈それはただ“死体に転じる”だけのドライな出来事〉であると??そんなはずないと思う。人の死はあまりに悲しいことだ。人の死はちゃんと悲しまなくては駄目だ。悲しいことはちゃんと悲しいと言わなくては駄目だ。駄目じゃない。人が死ぬのは当たり前のことだ。悲しいとは何だ?しかし何と無念なことだろうか。何と痛そうなことだろうか。「痛い…ああ、痛い……」とは、愛する女王を守るため最後まで剣を離さなかった老齢の騎士ジョラー・モーモントの最期の言葉であったが、ロブ・スタークには最期の言葉もなかった。何が起きたのか頭が追いつく間もなく、血まみれになった姿で呆然と立ち尽くしたまま、「母さん」とだけ言って倒れた。かつてリヴァーランに篭城するジェイミー・ラニスターの軍勢を討つべく出撃するロブのために母キャトリンは祈り、「神様、あの子をもっと成長させてやってください。16歳を経験させてやってください。そして20歳を、そして50歳を、父親と同じぐらいの背丈にしてやり、自分自身の息子をその腕に抱かせてやってください。お願いします。お願いします。お願いします。」そう祈っていた。それがこうであってはいけなかったではないか。こんな惨たらしい最後はあってはいけなかったはずではないか。いつか摂政太后となったサーセイ・ラニスターは度重なる不幸と試練を前に静かな情念を燃やし、「私にとっては子供がすべてよ。あの子のためだったら、世界に火を点けたって構わないわ。」その言葉の何と胸を締め付けることか。サーセイは悲しいほど純粋で恐ろしい女だ。まさにティリオンが彼女を評する通り、「姉はしばしばその純粋さから、最も残虐な行動に出ることがある。」その言葉の通り、サーセイは自らの子供のために王都の大聖堂を燃やし尽くし、いかれた雀聖下“ハイスパロウ”を焼き殺し、貧困と狂信に満ちた世界を愛という名の暴力でぶち壊してしまった。

“あなたが恋に落ちてどうすればいいかわからないとき

暗闇が雲のようにあなたの上に覆いかぶさるとき

心配しないで 私はあなたと共にある

心配しないで 太陽はきっと輝く”

そのメロディの何と美しいことか。何と胸を締め付けることか。だがこのアルバムは親子の愛という奇特な約束だけでは終わらぬ。歌詞の意味内容と鳴っている音色が決して無関係なものでないとしたら、最後の『Guys』という曲はこの〈音楽〉の総体と化したアルバムの物語的な側面に終止符を打つような、素晴らしい詩であるはずではないか。

“彼らが恋しくなった

一人で部屋にいるとき

気付いてたようでも

全然気付いてなかった

涙が瞳を濡らしはじめた

そういった面に繊細だった

そして気付いた、彼らに対する愛に

彼らと手を取り合ったとき

今までで一番の瞬間だった

彼らとバンドを始めたとき

今までで一番の瞬間だった

彼らと初めて日本に行ったとき

今までで一番の瞬間だった

彼らと一緒にいるとき

今までで一番の瞬間だった

今までで一番の瞬間だった”

だがこと音楽に限って、やはりそれはそれなのか、それとも素直に感動するべきか。寝なくてはならない。