20200527 the1975の新譜②

聴けば聴くほど感動、する。the 1975これまで一曲も聴いたことなかったが聴いて良かった。全体を流れる音色の美しさがまるで底流の水のよう。ではないか。こうジャンルに無頓着であるとアルバムというより音楽(と表現)に対する賛美と祝福に満ちたプレイリストのよう。だ。グレタ・トゥーンベリが人類に対してメッセージを発する一曲目は「さあ、今こそ反逆の時です。」の一言で締めくくられ、その声の何と澄んでいることか。まるで泉に注がれる水のようか。しかしこれは、一曲目を承前として始まる二曲目『People』も含めて、一次的にはまったく政治的な主張になっていないのが、表現の本懐という気がする。このグレタ・トゥーンベリは「環境少女」というキャラクターでしかなく、ここでの彼女の主張は「セリフ」でしかない、またそれを受けて叫ばれるというか二曲目に配置される歌も、「反体制パンク」?というジャンルとして俯瞰され遊ぶように作られた楽曲でしかない。ように思える。現実の政治的な問題はひとつ高次の創作物のリアリティとして表現されてはじめて真下の現実を変えることができる、、という感じの事実を含め、何よりもこのアルバムは楽曲を創作することの楽しさに満ち溢れている。現に三曲目『The End』でこのアルバムの政治的主張(のための政治的主張)という表現のターンは一度終わりを迎えるかのよう。だ。しかしそんなことより音が良い。KIRINJI新譜を体感してから私は音像というものが少しわかるようになった。2020年の周波数に調律されている。個々の楽曲のジャンルがバラバラすぎて一貫したコンセプトを見つけられないのが何よりも素晴らしく感じる。そしてそのすべてに通奏低音のように流れているメロディと音色の美しさが何というか全体に必然性というものを与えている。というか泣きそうになるほど美しいシーンが非常に多く見受けられる。まさしく「シーン」という言葉が示すようにそれらは非常に視覚的な美しさでもあり、アイスランドの景色をメロディ化しようとしたシガーロスのように「まなざしの遠さ」や「過去の切れ端」を表現するかのような美しいストリングスやピアノの音に彩られている。それはある部分では郷愁的で感傷的な音色といったものであり、小袋成彬は『Piercing』の中でそれらの「切れ端」的なものを日常の話し声や生活音のサンプリングを散りばめることによって表現したのかもしれない。だから形式はやや違うにせよthe 1975の新譜もまたストリーミングという媒体のなかで、かつ一曲目〜二十二曲目までゆっくりと、この流れを堪能してこそなのだと思う。一曲単位で聴いても水の流れは溜まりとしてしか聴こえぬ。しかしだとしても『Me & You Together Song』の何とキラキラしていることか。