20200329雪

東京に雪が降った。狼を紋章とするスターク家の標語は“冬来たる”であり、当家の落とし子として世界に匿われていたジョン・スノウの愚かで孤独な気高さは・たとえ彼の本当の名がターガリエンだったとしても、まさしくスターク家の血筋のものだったと言えよう。と思う。家紋を象る聖獣の気質がその家系の者たちの運命を表しているように見えるのは不思議な現象であると思う。太古北部の厳格さと気高さを背負うスターク家の生き残りたちは、やがて“長き夜の戦い”のあと再び起こった女王デナーリス・ターガリエンを中心とする玉座の勢力争いを前に結集し、「私たちは家族よ。狼は群れでいなくては」 個が集となり成す〈家〉というその強固な武器が、ときに政治経済的オープンワールドにおいて剣や弓などの兵器に勝るということを長女サンサ・スタークが一番理解していたのは、ひょっとしたら彼女が〈女〉だったからなのかもしれぬ。わからない。しかし同じスタークでも男たちは剣だの忠義だの愛だの野心だの似たような理屈を求めるばかりで、いかにもオオカミったらしい寂しそうで悲しそうな目で微笑みながら・馬鹿のひとつ覚えみたいに戦場を駆け抜け、くだらない功名心で政治的判断を誤ったがためにぶち殺されてきた。消え果ててきた。皆何のために生きてきたんだろう。。何だったんだろう。何でこうなったんだろう。面白い。楽しい。残念だ。愉快だ。悲しい。笑える。胸が張り裂けそうだ。許さない。馬鹿馬鹿しい。すべて愛おしい。ラニスター家は獅子のように荒く激しく狡猾で、そのために弱く脆い・異常者の集まりであった。奇態で風変わりな賢人ティリオン・ラニスターだけは例外だったと言える。バラシオン家は牡鹿のようにひたむきで向こう見ずで、理想主義的な敗北者の集まりであった。しかし時の不運に見舞われながらも、王の器たる知性と理性を持つ者たちを多く輩出した家系であったことは否めないと思う。ターガリエン家はその名を口にするのも恐ろしい。“炎と血”の標語のもと300年前に初めて七王国を統一し、鉄の玉座と王朝を築き上げたドラゴンの一族はそのほとんどが狂人・精神病・無垢で繊細・人間離れした美貌・傲慢かつヒステリー・自分の衝動をコントロールできない・また武勇に秀でた者や知略に優れた者・予知夢を見る者・軟弱な者・卑劣な者・冥夜の守人“ナイツ・ウォッチ”になった者・“有徳王”と呼ばれたデイロン二世・“下劣王”と呼ばれたエイゴン四世・“狂王”と呼ばれ反乱軍に討ち取られたエイリス二世・そして〈暴力〉という名の失われた王朝の約束そのものの化身となり、狂った使命感で王都を焼き尽くした女王デナーリス・ターガリエン、そして彼女を暴虐の王に導いてしまったエイゴン・ターガリエン(※六世)ことジョン・スノウの何と孤独で愚かなことか。このたび、ターガリエン家は滅亡したのか。それとも、まだどこかに生き残りがいるのか。しかしターガリエンだのスタークだのタリーだのラニスターだの、“名家”や“国家”などというものは、所詮繰り返しすり込まれてきた物語に過ぎません。「“王国”などただの小事です。それは繰り返し繰り返し我々が語ると決めた物語に過ぎません。嘘が本当になるまで語ると決めた物語に過ぎません。この世界は本当は、“愛”に満ち溢れているんです!」しかし最後はその愛するキャトリンの幻影を背負った少女サンサ・スタークに殺され、ピーター・ベイリッシュ公は綺麗さっぱりいなくなってしまった。“猟犬”サンダー・クレゲインはあるとき幼いサンサ・スタークにこう述べたことがある。「スタニス・バラシオンは人殺しだ。ラニスターの連中も人殺しだ。お前の兄貴も人殺しだ。お前の息子も、いつか人殺しになる。世界は人殺しで作られている。だからよく見ておけ。よく見て慣れておけ」 元殺し屋の騎士ブロンは悪友ティリオン・ラニスターを殺すため彼にクロスボウを向け、こう述べたことがある。「お前らは金メッキのバカどもだ。名家はみんな人殺しのくそ野郎どもだ。お前らの祖先は人を殺した金でのし上がってきた貧しい連中だ。俺もそうやってリッチになる」 だからターガリエンもスタークもラニスターもタリーもフレイもバラシオンもタイレルモーモントもアンバーもカースタークもボルトンもリードもマーテルもグレイジョイもドンダリオンもアリンも、すべての名家はほんのわずかな一時代・たったの一瞬・きわめて限定的な一地域・しかもたまたま“死んだり殺されたりしていない”貧しい人殺しの連中であり、それらはすべて同じ人殺しの我々によって語ると決められた幻想の物語に過ぎない。そしてその物語こそが現実なのであるから面白い・楽しい。たとえばターガリエン王朝以後玉座に座ったバラシオン家など、もともとはダランドン家を乗っ取って成立した名家に過ぎない。ダランドン家など誰が思い出すだろうか。ダランドン家など全然知らん・聞いたこともない。またこのたびボルトン家は滅亡した。ボルトン家など誰が思い出すだろうか。生きたまま犬に喰われて死んだ知将ラムジーボルトンなど、誰が思い出すだろうか。タイレル家もモーモント家も滅亡してしまったではないか。あんなに美しいマージェリー・タイレルが消えたのが本当に残念だ。そう考えると死んだのは愚かな者たちだけではなかった。それが非常に無念だと思うが、死んでしまったものは仕方がない。