20200313アリア・スターク

“三つ目の鴉”になったブラン・スタークが七王国の失われた記憶を自在に「視る」ように、YouTubeに散在するあらゆる人の記憶や生活を私は視ていると言える。幼いブラン・スタークはウィンターフェル城の物見塔でラニスター家の姉弟の近親相姦の場を目撃してしまったせいでジェイミー・ラニスターに塔の天辺から突き落とされてしまった。下半身不随となった彼はそれから奇妙な予知夢を見るようになり、被後見人の謀反やラニスター家の暗殺の手から逃れるためウィンターフェル城を去り北へ向かう最中、夢で見た謎の美少年ジョジェンに出会うことになる。彼は自身が“狼潜り”の能力者であることを告げられると、導き手であるジョジェンらと共に“壁”を越え〈三つ目の鴉〉を探すための奇妙な旅へ出ることになった。YouTubeに溢れる数多の人々の暮らし・朝と夜のルーティン・身体的及び精神的向上トレーニング・夢や希望・収入やダイエット・発酵食品・効率的な習慣・サプリメント・完治しない心の病・働きたくない25歳OLのリアルなモーニングルーティン・ヒカキンTV・そういったものよりも鉄の玉座をかけて無残に死んでいった七王国の騎士や政治家や娼婦たち、私にとって彼らの方が何倍も現実味がある本当に冗談じゃなく、これが現実だと思われてる日常のルーティンよりもっと現実的な生き死にの問題がその物語の中にある。スターク家の男たちのなんと愚かで優しく孤独なことか。エダード・スタークは忠義に固執したばかりに政治を誤り悪王ジョフリーにぶち殺されてしまった。その息子ロブ・スタークのなんとロマンチックなことか。大義を掲げて南進し、あんなに順風満帆だったのに、恋を知ってしまったがために下劣なウォルダー・フレイにぶち殺されてしまった。ジョン・スノウはなぜそんなに優しい悲しい寂しそうな目をしている。“壁”に送られ冥夜の守り人“ナイツ・ウォッチ”になってからというものの彼はいつも孤独で弱い者の味方だった。ジオー・モーモントが死亡し新たな総帥に任命されてからも彼はナイツ・ウォッチの長い歴史の中で唯一野人に対して門扉を開いた。彼は落とし子だった。スタークにもなれず、他人の家名にもなれず、母の顔を知らぬ彼はいつも自分が何者か知りたかった。しかしその出生の真実はいずれ七王国の歴史を揺るがすものとなる。長女サンサ・スタークは母キャトリンの強かな素質を最も色濃く受け継いでいたと言える。美人で夢みがちで愚かで、いつか白馬の王子様の妃になることを信じて疑わない少女だったサンサは、玉座を巡る凄惨なゲームに巻き込まれすっかり運命を塗り替えられてしまった。母に似た青い目をいつも泣きはらし、陵辱の夜を何度もくぐり抜け、いつしか大人の心を操ることを覚えた彼女は北部を掌握することになった。やんちゃでおてんばな次女アリア・スタークは淑女の刺繍針よりも剣の針“ニードル”を振るうことを好んだ。怖いもの知らずで狂気的な復讐の意志に貫かれた彼女は“数多の顔の神”を信奉するブレーヴォスの暗殺集団に師事し、最後にはその集団を自身の手によって滅ぼすことになる。そしてやがて人類の命運を分かつ“長き夜の戦い”において彼女の名は英雄神話の名となり吟遊詩人の紡ぐ詩そのものになった。アリア・スタークという名を私は昔からずっと知っていた。そしてこの先も永遠に消えることがない。そして次男防である美少年ブラン・スタークは歩けなくなる代わりに恒久の空を飛べるようになった。まさしくソファに座ったまま色んな人の人生や物語を視て飛びまわるYouTubeの中の私は“三つ目の鴉”ではないか。ブラン・スタークこそすべての物語の要であり、だからこそ“夜の王”は何よりブラン・スタークを殺したがった。彼の死はそのまま人類の〈物語〉の死であり消滅だった。つまり“三つ目の鴉”となり七王国のすべての物語を視てまわるブラン・スタークの視点こそゲームオブスローンズという壮大な群像劇を見る視聴者の視点そのものであり、その視点の消滅こそ〈物語〉の死であり我々の存在の消滅であった。だから〈物語の物語〉を物語るブラン・スタークの存在が何より重要だった。それは私たちの存在そのものであり、私はYouTubeを無限に旅する。そしてあらゆる日常のルーティンは物語化されなくてはならない気がする。

 

2020.4.18

追記:エダード・スタークは忠義に固執したばかりにジョフリー・バラシオンに殺されたのではない。これは私の大いなる勘違いだった。