20200212赤木リツコ

楽しいことも楽しくないこともみんな無意味だという意味において楽しい。やりたいこともやりたくないことも全部やりたくないという意味において楽しい。寂しいことも悲しいことも全部無意味だという意味において楽しい。俺やりたくてやってる。しかし飢えたくて飢えている人間は一人もいない。小袋成彬の新譜『piercing』繰り返し聴いていて本当に素晴らしい。部屋の電気が止まり闇の中でひたすら咳き込む村岡の苦しそうな息づかいが耳から離れない。アメリカ純文学に出てきそうな土臭い闇の中から聞こえる飢えた咳の声。虐げられた祖霊の怨念のような凍えた咳の声。冬に電気の通らない部屋で風邪を引けば誰だってそうなると思う。助けないと私が困ると思う。でもまだ何もしていない。死んだら私が困るがまだ何もしていない。

というか、完全に、はっきり言って、こんなの言うこともないことだが、内容がどうであれ、仕事と呼ばれてるものは、芸術でも同じだが、こんなの誰でもできる、誰でもはできないが、とにかく何を、「やった感」出そうというのか、まずもって、やめてほしい、こんなの誰でもできる、でも人間の世界はそういうものだから、でも全部意味がないではないか、なぜ「やってる感」出して、「生きてる感」出してる、いい歳して何も考えてない、40年も50年も延命しくさりおって、クソがと思う、死ねっと、思う、しかし同時にすべてが素晴らしく思える、同時にすべてが愛おしく思える、しかし死ね!と思う、いちいち満足そうな顔をすんな、大人のくせに、と思う、しかし同時に人間だもの、と思う、仕方ない、と思うと同時に死ねッと思う、死ねや、クソが!と思う、しかし同時にすべてが美しく思える、全員過労死してほしいし自分も過労死したいと思う、でも苦しいのは嫌だと思う、でも全部好きでやってるんだと思う、今がすべてで一番幸せだと思う、今より良いのは死ぬまでないし過去も未来も現前しくさるという意味において今と変わりない。というかいちいち会社に行くたび話しかけてくんな人間、と思う。電話してくんなと思う。何の用か知らんが俺はそれ以上に知らん。これは「働きたくない」とか「忙しい」とかそういうことを言いたいのではなく、「働きたくない」も「忙しい」も全部意味がないし、やれば終わるし誰でもできるし内容が何であれ全部簡単なのに、それなのにいちいち誰もがしたり顔で「やった感」なり「給与」なり、毒にも薬にもならん、わけのわからないものを押し付けてくるのがムカつくけど私は好きでここにいるし自意識過剰にも程がある。だが近寄んなや!と思う。羽虫が!羽虫のダンスが!でも全部愛おしい。愛おしくてたまらない。ハリネズミ……ヤマアラシ…?ハリネズミヤマアラシハリネズミのジレンマ……ヤマアラシ赤木リツコ……母親の名前は赤木ナオコ……同僚は葛城三佐…と思う。愛おしい…美しい…素晴らしい…