20191208-1212

8日から12日は通算四日しか経っていないとは思えない量?の時間であった。かと言って何をしていたのか全く思い出せず全てが無常だった。汗を汗で洗う無常の慈雨であったと言えると思う。人生において意味というものがわからないと思った。だが「幸せ」だった。まさしく慈雨であったと思う。今も慈雨であると言えると思う。人は生きているかぎり汗を汗で涙を涙でストレスをストレスで血を血でシャワーのごとく洗い続けるのだと思う。そしてそれが「幸せ」なのだと思う。人は家電のようにオンオフの機能を搭載していないと思う。それはスイッチのように感じられている観念なのだと思う。そしてひとたび時間や意識というものに見放されたとき我々は天使のようにイグのだと思う。しかしキリンジの新譜はこれは一体何なのかと思うほどに凄いと思う。それは自分個人の音楽体験としても2019年日本歌謡という現行音楽客観視しても同じくらい凄まじい作品のように思える。通しで30回~35回ほどに差し掛かってもまだ聴き足りずまだ聴こえていない音があるのではないかと無限に思わせるような異様な感じの完成度があると思う。楽曲を構成するこの「音」と呼ばれるものはこんなにも奥深いものかと思われると思う。音質や音色に加え音像というものをこのたびキリンジがいかに意識したか様々なインタビューで非常にロジカル説明されており深く感銘を受けると思う。音像というものは文字どおり楽曲というものの立体イメージのことだと思う。立体?音にも上下左右と奥行きから構成される物理的な三次元の世界があるということだと思う