20191118ハムスター的孤独

18日

たぶん自分はペラペラ喋りたいだけなんだと思う。自分の考えを教条的にあつかましい態度で喋ってくる目上の人間みたいになりそうで嫌だと思う。なりたくないが、別になってもいいような気がするが絶対嫌だと思う。だからもう世界は嫌だセカイは嫌なんだ…ウケる。なぜなら私は決して他人と関わりたくないわけではないなぜなら私は一人では(色んな意味で)生きていけない、だが政治経済的なオープンワールド・人口世界はもう嫌なんだ…もう不特定多数の他人に見せるための不毛なダンスは嫌なんだ…ウケる。だがおそらくそう思っている人は多いと思う。だが結局自分の問題なのだ…ボクはもう嫌なのだ…帰りたいのだ…娼婦の胸で眠りたいのだ…暖かい布団に入りたいのだ…。いかにもハムスター的なお悩みではないか。だが問題は、自分について考えている自分がいてそれについて考えている自分がいてそれについて考えている自分がいるということだと思う。そして最終的にどこかへ帰ることしか考えられなくなると思う。というかすべて無意味だと結論づけたくなる。だから行グことにこだわっているのだと思う。しかし一方で自分はまったく深刻に考えてはおらず、思考回路はシンナー患者のように白痴的かつ無力で明るいことになっていると思う。しかしこの思考回路はおそらく私が無意識に選択しているのであり、それもすべて世界があまりに残酷だから…。はじめから世界を意識しなければもっと動物的でいられる、宗教も哲学も必要なくなると思う。しかし私たちはもう死ぬまでずっと人間的だと思う。しかしそれは一番良いことだと思う。ただ自分は単に色んなことをサボりたいんだと思う。そうではなく、たまには天使にどこかへ連れて行かれたいんだと思う。遊びたいんだと思う。これらはすべてギャグであり本気で思っていることはひとつもないと思う。しかしもっと遊ぼうとか行こうとか言ってほしい。なぜ私は自分から誰かのところへ行くばかりなのかとワガママかつ不満に思う。しかし不満を言ってもどうにもならないと思う。遊びたいならまたいつも通り自分で見つけて考えて誘って遊ぶしかないと思う。そのために一人頭の中でイッてるだけなんじゃないのかと勘違いしそうになる。