20191117演技について偉そうにペラペラ

演技とは何か❓と考えるとやはり死ぬほど面白く、考えさせられる演技はなお面白く、村岡のステージ上の演技を見て私は正直『どこからどこまでが台詞なんだろう?』と思うほどだった。つまりはっきり言うと演技が上手かったと思う。故意に褒めているわけではなく本当にそうだったと思う。。身内?の欲目を抜きにしても彼は主演や他の共演者を食っていたと思われた。私は色々とドラマや映画の役者の演技を見てきたと思うからそれらと比べながら真剣に見たと思う。いや見た。だが私は「仕事」から直行したため非常に「疲れた」頭と眼球だったと思う。寝不足かつ肩凝りがひどい状況だったと思う。なぜ自分の身体を説明するかと言うと私は正常な状態で舞台を鑑賞したわけではないと思う。どちらかというと意識朦朧という感じだったと思う。これまでの人生で肩凝りが治ったこと一度もないと思う。しかし素晴らしかった。

何が素晴らしかったというと〈演技〉をする〈役者〉のほとんどは他人から与えられた役・台本のセリフをいかに自分なりに表現するかということに心血を注ぐと思う。この「他人から与えられた」というところは一番重要だと思う。役者は素人であれプロであれ、好むと好まざるとに関わらず他人から与えられた役を出来る限りベストな状態で全うしなくてはならず、それは役者個々人の〈仕事〉つまり「どうやってその役を〈自分〉のものにするか」という具体的な〈やり方〉がそれぞれ役者の仕事に順位をつけてしまうと思う。当たり前だと思うが、これは歌を歌うことにも似ていて、シンガーが生まれ持った声質を操作できないように・役者もまた自分の身体的な制約を根本的にはコントロールすることはできず、つまりそこから先の話、「いかに歌うか&演じるか」という具体的なやり方やメソッドのレベルで技量に差が出るんだと思う。彼はまったくの素人だったが正式な演技の指導を受けたと思われる他の共演者よりも目立っていた。私はちゃんと真面目に客観的な冷たい目で見ていたと思う。それでも彼は目立っていたからおそらく他の観客が見ても同じ印象だったと思う。たぶん演技は当たり前だが「棒読み」をしてはいけなくて、しかし「棒読み」の種類にも色々あると思う。わざと棒読みにする演技と下手だから棒読みになっている演技は全然違くて、なぜか観ている人はその微妙な違いがわかってしまうと思う。それがなぜなのかわからないのが不思議で面白いと思う。しかし微妙な違和感と言うべきか『ああセリフなんだ』と思う演技はプロでもたくさんあって、もちろん演技なんだからそれは絶対に仕方なくて、しかしその中でいかに自分のものにするか・ もう厳密なリアリティとかどうでもいいから、『自分はこうやって解釈してこうやって表現しました』という思考+体現の点でいかに目立つかということが、やはり表現のどの分野でも重要なんだと、私は偉そうに思った。つまり彼は周りの人間を非常に見下していた。『馬鹿どもが』というようないかにも嫌味ったらしい演技だった。非常に挑発的で扇動的なパフォーマンスだった。あまり持ち上げすぎると良くないかもしれない。だが観客席から見ても非常にわかりやすい空気感だった。彼が登場すると観客たちのなかにわずかだが確実な緊張感と言えるものが走った。それはもちろん失礼を承知で言えばそれは素人の演技以上のものではなかったのかもしれないが、しかし確実にひとつ言えるのは、他の演者がステージに現れても決してその空気感は訪れなかったと思う。私はたぶん他の観客より注意深く全体を見ていたから確かな事実だったと思う。つまり彼の演技はやはりセリフなのだがほとんど完全に彼のセリフになっていたから上手いという印象だったのだと思う。しかしあまり説明すると申し訳ないというか身内ネタになってしまうからやめた方が良いと思う。

もちろん演者はほとんど全員上手?で、しかし冷たい言い方をすれば時間をかけて練習して観客から金を取っているんだから、そうなるのは当たり前で、

でも本当に「金」という概念は面白くて、それが「貨幣」という目に見える媒体物としてわれわれのあいだに存在してくれることによって、芸術表現のような一見換算不可能と思われるような出来事?関係性?他者とのネットワーク?経済?というもののイメージを、この上なく明瞭なかたちで現実世界に担保してくれる。あと貨幣は数字だから、1が2にも0にもならないように、非常にシビアな量や大きさを定めてくれる・それが非常に素晴らしい発明だと思う。

だからそういう点で鑑みても、鑑賞料を定めて講演をやるというのは無料でやるのと全然違うし表現の完成度も違うと思うから、両者にとって良いのだと思う。それにしても「演技とは何か❓」とそれぞれ演者自身が考えなくてはならず、そうしないとおそらく良いものにはならないと思う。何の話をしようとしていたのかわからなくなった。しかも俺はペラペラ喋っていて偉そうなだけ。何もしていない。しかし誰かが語らねば。