20190906思い出せん

教授と再会した。近くの友人達と『飲む』ということをやった。昨日はそのなかで村岡が「終わらせる」というようなことを発言し、私は唯一の脳内火花のようなものを感じたが、その他は表面的な会話に終始しておった。教授との再会は、かつて18か19という年齢だった私が彼に感じていた〈変わった大人〉〈新しい予感〉〈奇妙な感じ〉というものからどんどん離れていっておった。いま会って話してみるとほとんどただのインチキなジジイだと思ってしまった。しかし表面的な会話に終始していたからだと思われる。フンイキ的な会話に特化していたからだと思われる。ほとんどが『思い出話』というものに費やされた。『楽しさ』というものも実務的であった。楽しさが実務的だとけっきょく楽しいことが多いので良いが、そういう思考の切り替えはそろった食材に難があるときに行うものだと思われた。というか「3期生は狂っていたw」なんてことは全然なかったと思った。「大学時代は狂っていたw」ということも全然なかったと思われた。世の中はもっと広く、私たちの大学のなかで起きたことは今さら話し合うことはほとんど残ってないのではないかと思われた。というか大事なことは別の話題のなかにあると思われた。そもそも3,4年しか経ってないのに関わらず振り返り方が雑だった。40年前……というような想像力・時間の射程では全体をザックリ振り返ってもなんとなく楽しいが、3,4年前をザックリ「あれがあった」「こんなこともあった」というようなことをやってると「なんで?」と思い、もっと細かく思い出すのに腐心したり「あれはなんだったのか?」みたいな考えることをやって楽しんだりすれば、もっといいのに、残念なことに、ザックリ振り返ってるだけ、ということだった。というか大学時代とか知らん。知らん知らん知らん!!!と思った。というか思い出せん。