20190816帰還

帰ってきた。(実家と日記)家族は私の家族ではないと思った。

私の家族というものはこの世にはないこれからもないと思われる。家族は興味深いものだと思った

家族は特別なものだと思っていたが他人だと思えば啓蒙する必要も断罪する必要もなく父も母も祖母も妹もそれぞれ好き勝手に生きて死んでやってくれればそれで良いだけの私もそういうただの動物。祖母に対する母の態度、母の自身の弱さにかこつけた妙な押し付けがましい態度、不幸を蜜で舐めまわしたい暇人の態度、奴隷の態度、主婦の態度、労働者の態度、妻の態度、食べて寝て酔っ払って忘れることしかできない父の生態、妹の馬鹿なあたま、祖母の感に触る無知さ、また家族以外の他人の鼻に付く態度、あらゆる観念の対立、芸術の対立、政治の対立、意義、意味、理念、かっこつけたい態度。そうであった。かっこつけたい態度。人にはそれしかない。それとヤリたい身体の気持ち良さしかない。食べたい身体の気持ち良さ、出したい身体の気持ち良さ、また傷つけられる身体の痛さ、気持ち悪さ、絶望的な無力感、それだけしかない私はすべての人が可愛い子どものような気がする。私は“母”のようにすべての他人が可愛い子どものような気がする。啓蒙も断罪も必要なく他人はみんな可愛い子どものような気がする。彼ら彼女らは悪くない。私の父も母も悪くない。みんな・私も頭の悪い子どもで、かっこつけたい気持ちと身体の気持ち良さ(悪さ)しかないのに「人生」や「命」などの観念の高尚さのせいでアニマルから成り上がってクズ生物になった。あとは政治的な駆け引きも対立も倫理も死生観もまた日常の事件も事故もぜんぶ観念のおままごとである可能性があるたとえ自分の身近な人が巻き込まれようともそれはそうであることに変わりはないと思われる