20190208霊薬

わたしはあたまの中にある物とあたまの外にある物とで出来ている。それは本当のように思える。少なくとも見栄えの良い。でも物事の単純な二極化はなぜかいつも見栄えが良い。光と闇、朝と夜、善と悪、太陽と月、男と女、外と内、そういう美しいシンボルが思い浮かぶ。でも本当は、白と黒のその間に無数の色が広がっていてその中に本当に私にふさわしい色があるんじゃないか。でもミスチルは違う。本当は白と黒があるそのふたつの間があるという事実自体が、対のイメージとシンボルが成す真の意味に他ならないのではないか。チャーチズのアウトオブマイヘッドという曲がメロディの強さを持ってして「わたしはわたしのあたまの中から出なきゃ出なきゃ出なきゃ」という歌詞が詰め寄るように感じる。ならばわたしのこの身体とは何だ? 身体は時限爆弾だ。絶える約束の奇跡だ。きわめて厄介な寝不足を感じる。思うように身体のしなやかさを感じない。昨夜食べた魚の缶詰やレトルトカレーは善き血肉になり得たか。眠い。そして腹が減った。頭部はなんと容量の多いことか。脳から目がもっと離れたらどうなるか。脳から耳がもっと離れたらどうなるか気になる。頭部に配線が集結している気がする。頭蓋骨というカバーも重すぎる気がする。日ごと横になって肩や背骨・足を休まなければ活動し続けられないというのは地上の生き物の約束のような気がする。頭部をつねに風船で吊っていればどうなる。もしくはつねに首から肩にかけて誰かが筋肉をほぐしてくれていたら疲れないのか。もしくは筋繊維を爆発的に進化させる霊薬があれば次に行けるが、私は制約も誓約も甘受するのが良い。であろう。しかし霊薬があれば飲むか。それが目の前にあれば考える。目の前はテーブルという物質がある。すべて超えたあとはお楽しみということになる。であろう。