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恐怖はアルミニウムの味がする。懐かしい。アドレナリンが私たちを近づける。セカンドストリートへ行くと懐かしい気持ちになる。あらゆる郷愁が私を誘惑する。というシーンだった。新潟にあるセカンドストリートハードオフ、とかの古着屋とか古本屋の感じを私は高校生のときに行きまくっていた。あらゆる甘いものが私を誘惑する。シュークリームやプリンを駅では売っていて甘い匂いがするのが私を誘惑する。というシーンだった。幸せな人は何も考えず休憩にコーヒーと甘いものを食う。そしてあてもなく買い物したり夕飯の食材を買って家へ帰る。そういうものが私を強く誘惑している。でも今は私はそこへ行くべきではない。たぶん私はいつかそっちのへ戻ることになるが今ではない。恐怖はアルミニウムの味がする。アドレナリンが私たちを近づける。というようなシーンだった。と言える。つまり、つまり何も怖くない。そう書くと清教徒めいた澄んだ眼差しのテロリスト、といった印象か。ならばこう書くか。恐怖には具体的な対処法がある。私はそれをこれから学ぶ。それに要するアドレナリンはほんのひと匙で、必要なのは理性と知性である。私はそれをこれから学ぶ。死ぬ瞬間にどうすればまだ生きられるかを考える。そのやり方を学ぶ。私は想像するのと考えるのが好きだった。これからそれを自分が生きるために使う。諦めないのがこれほど楽しいとは。もうだめだー!とか言って膝から崩れ落ちるのが大学のときは好きだったのに、本当に死ぬかもしれないときは私はどうすればまだ生きられるかを真剣に考えていて、それがこれほど楽しいとは。まじめに真剣にやるのがこれほど楽しいとは。今やり方を覚えておけば仕事を辞めたあとにもっと楽しくなれる。もっとか?もっと楽しくなれるのか?今よりもっと?!!、、?いいいイグッ!!!!と清水は言った。彼が腰を痛めたときのこと、遠い昔のことだった