20190913ニコ・ロビン的アクティング・アウトのレッスンにおける補足

待つよりも先に〈イグ〉というのは『つらく』『さびしく』『悲しく』何もできなくなってしまいそうなとき、それらの“観念”をぶっ飛ばして強制的に活動し続ける(創作し続ける)(元気でい続ける)ために行われると思う。でも言葉の過激さとは裏腹に軍国的・筋肉的なところはひとつもなく、むしろ抱きしめたくなるような無力さと純真さ–––インカ帝国の創造神“ヴィラコチャ”のように〈精液の涙を流す〉涙=活力であるような・生=死であるような感動的な何かに満ち溢れているということにしたいが、実際はイッている最中のため何もわからない。しかし同時に『つらさ』『さびしさ』『悲しさ』とは何なのかと思うが、これが何かわからない。なぜならイッているから。そうだと思われるが、しかし優れた歌詞とは常に“真実”のようなものを射抜いているように思うのが、まさしくブランキージェットシティの下記の通りであると思う。

“寂しさだとか

優しさだとか

温もりだとか

言うけれど

切なさだとか

儚さだとか

運命だとか

言うけれど

そんな言葉に

興味はないぜ

ただ鉄の塊にまたがって

揺らしてるだけ

自分の命

揺らしてるだけ”

というように思われる。