20190412頭から下

西麻布は東京人にとって聖地のようなものであるとのことだった、私は今朝になって思い返して自分というものがだんだんわかってきた、精神的に狂ってしまった人間や自身の病理に意識的な人間のほうが一緒にいるのに合っていると思った。落ち着く。私は病人の部類なのであって西麻布や六本木の看板のないレストランやクラブよりもどことも呼べない場所にいてただ思考しているほうが好きだ、小澤の友人の桜井という男彼は病名は忘れたが深刻な異常者であることに自覚的である、彼は病的な男であり、自己が断片ノイズ的に続いていく苦しみに快感を得ながらも、ただヤりたいことをヤりたいようにめちゃくちゃヤろうとしているだけにすぎないけだもの。単に私は彼のように他人に専制的にならない自己内省のある優しい動物が好きであって、だから私もヤりたいことをめちゃくちゃにヤるだけだと思う、つまり、

昨日は非常に有意義な飲み会であった、とエウメネスマケドニアの職人たちと飲み明かした翌日にそう言うシーンのように私も同じだった、私は夕方に会社に戻ってくるようにトムヨーク部長に言われた、その通りに帰ってくると、帰ってくるのに千葉の香取の現場から高速バスで3時間かけて代々木まで戻ってきた、でもちょうどその日の前には、三重県志摩市から都心まで、私は500kmの陸路をすべて見てきたところだった、500km陸路のすべて窓越しに目で食らい尽くしたところ、それでもまだ地上の距離のいくらも無いところだった、まして3時間の高速バスなど簡単だった、しかし決して短くない距離をわずか数時間で移動できる乗り物は驚異的と言える、そして会社へ戻ると夕方だった。

18時を過ぎるとトムヨーク好きの部長に飲みに行くと言われ、立ち上がると「名刺持った?」と言われた「名刺?」と私は言うと彼はふ、という感じで頷いたが、あれは私が大学生だったとき映画史の授業で「曖昧なものとはっきりしているもの君はどっちがいい?」と教授に聞かれて「曖昧なもの」と答えると彼は目尻の下がった眼差し、遠い共感、というような感じで「困難な、人生だね」とその教授と似た目つきかしかしトムヨーク部長は、まだ私という若さを懐かしむほど老いてはいなかったと言える。「何が起こるのか全然わかりません」と言うと「好きでしょ?」と彼は言った。私は口では嫌がっていても身体は悦んでいた。トムヨーク部長はドナルドトランプと同じ大学を卒業している頭脳明晰な男だった。しかし人手のことをマンパワーと言ったり仕事デキる振りしたりスペックとかいう言葉使ったりするが、実際仕事がデキるから良いのか。しかしデキるとかデキないとか私には関係ない。私はヤるだけなのが良い。しかし彼は素晴らしい人物で一緒にいると楽しい。タクシーで西麻布の交差点へ行くと看板のない建物の地下へ降りて行ってそこが焼鳥屋だった。そこにトムヨーク部長の元上司の男がいて、彼と名刺を交換すると私は名前の聞いたことのある人だった、大手設計事務所頭目の一人だった、詳しい役職は知らないがああいう人間は初めて見た。スマホを二台持ちながら話しながら焼鳥を食べて酒を飲みながら仕事をしていた、彼は齢46を越えるところかまだ若かった。私からすると年老いていた。眼鏡をかけており傲岸不遜な態度だった。鳥の部位をメニューも見ずに注文するとカウンターの向こうで職人がこちらを一瞥もせずに頷いた。「あとヤングコーン」と彼が言った。ヤングコーンを皮ごと炭火で焼いたものを初めて食べた、人生で一番美味かった、そしてそぼろ丼が味わったことのない位相の高みを知る美味しさだった。そぼろ丼は最後に出てきた。どういうものかと言うとご飯の上に細切りの海苔が米粒が見えなくなるほど敷きつめられており、その上にとり肉のそぼろが、茶色く煮詰めたものではなく、だし汁のようなもので薄く煮付けたものの上にうずらの生卵が乗っていて、そぼろが軟骨が練りこんであって噛むと肉と一緒にコリコリするのに感動した。「うま、うま」と言いながらその重役の男は食べ、いつもその店で食べているらしい、なぜその人と会うことになったかと言うとわからないが、トムヨーク好きの部長が彼に私を紹介した、トムヨーク部長の良いところは、少し私と似ているところがあるというか、社会人とか遊びとか友達とかあまり線引きしない。のかもしれない。「英雄性の話してくれ」と言われて私は恥ずかしかった、昔はそういう概念を力説していたかもしれないけど今はサチモスの新譜を念頭において、英雄ではなくアニマルであることを自身の生物的なメルクマールとしていた、つまり今ここでこんなに美味しいものを食べているということ自体が射精ものの快楽ということだった、だが私は、知ったかぶりをして大げさな身振りを使って話してしまった。それが今は悔やまれる。だがアニマルが過去を悔いるか。だからなるべく私は悔やまん。私は古代ギリシアでは世界は二分されていた!そして奴隷や女子供はプライベート私秘的な空間に隠され真の英傑たちだけが永遠への到達の可能性を保持したうんぬんかんぬん、と、はっきりと誰でもわかる恥ずかしさだった。全部ハンナアーレントのパクリだった。思想というものは自己が寄りかかるのに役に立つ幻想だが危うい。というかキモい。だけどアニマル至上主義すらも危うい。きもい。もう何も考えたくない。自分の頭がきもい。頭から下だけが、美しい。その後に六本木の会員制のクラブやパブや最後に海老そばを食べさせてもらったが記憶がまったくない、が、恥ずかしい。海老そばが美味しかった。キャバクラは現役モデルが接待をしてくれるところだった。私は桜井のほうが人として美しいと思った。だが知らないことを知るのは素晴らしく、見たことのないものを見ることは素晴らしかった。すべてトムヨーク部長がもたらしてくれた采配だと言え、良かった。その後パブで彼はトムヨークを歌おうとしたが諦めて山崎まさよしを歌った。