20190319 日毎昇り地上という名の墜ちた天国を照らす黒い太陽の旋律

暖かい。空気が非常にそうなっている。焦る必要があるか。ある。ない。ある。ない。ある。ない。ある。ない。ある。ない。ある。ない。ある。ない。ない。ない。ある。ない。ある。ある。ある。仕事が仕事だとしたらなぜやっている。24万貰う。時間は空間ではない。何を言っているか。カレンダーのマス目と時計の目盛りで私たちは生きているのではない。今年…と言ったり今月…と言ったりカレンダーのマス目をひとつのボックス−空間のように感じて「ささやかな生活」だの「丁寧な暮らし」だの「スローライフ」だのまたは「激務」だの「過密スケジュール」だの「余命」だの何かが何かが間違っている。生きているという実感はあらゆるマス目や目盛り、数字から解き放たれたなかでも確かにある。しかしそれは誕生の際打たれた一点、刻印とも言えようか、それは非常にあいまいな白黒のぼやけた像に感じるとしても、人のシルエットをしているという点ではこの上なく明瞭な刻印だと言える。それすなわち自分という一個の身体のシルエットと言える。それすなわち一個の点、刻印、制約、呪い、またありとあらゆる恩寵で満たされるべき空の陶磁器とも言える。嘘やん。と言える。何を言っている?  この誕生の際打たれた一個の黒点、それのみ、それのみによってのみ、人の時間はある。空間はある。カレンダーのマス目や時計の目盛りや朝に起きる決まりや夜に眠る約束は、やがてこの一個の黒点に吸い込まれるように消え、またこの黒点はもうひとつの点を結ぶことになる。「それは死というものである」と言いたいのだろう。何を言っている。しかし、一度生まれたからには、生まれてしまったからには、もはやこの黒点はもうひとつの点を結ばざるを得ない、そして結ばれたその線を夜空の星座と等しく知覚せざるを得ない。私たちは星座。お前は違うとしても私は星座。私は星座。お前は違う。だからこの星座を結ぶ線にはカレンダーのマス目や時計の目盛りはあらかじめ設けられていないのだ。馬鹿言ってる。馬鹿言ってる馬鹿言ってる。馬鹿言ってるよこいつ。ふふふ。だがこの描かれた星座はただの直線でしかない。描かれた、って、ただの想像やん。と言える。俺まだ死んでなし。というか妄想やろ。それはそうだ。それはそうだ。おかしいはずだ。もっとわかるように見せてくれと言いたいはずだ。the novembers。ANGELS。一曲目。TOKYO。太陽はただそこにあり、そこにあるものの下を等しく照らすただそれのみただそれのみによって昇る。RISEする。ということは理解できよう。太陽はRISEする。そんな歌詞は無い。しかし昇る。そして悪夢が始まる。昇った太陽により覚醒した我々は誰かの悪夢のなかで目を覚ます。ということだ。そして天使たちが騒めきだすのはこの地上という墜ちた天国のなかでということだ。そこでは本当の天国で自生する植物は枯れ果て、泉は奇妙な引力に引かれあらぬ方向へ流れ着いている。暗闇のそこかしこにおぞましい白い骨が突き出ておりそのなかで踊る人型のシルエットには羽がない。天使たちは彼らを祝福するだろうということか。もしくは救済するか。はたまた断罪という名によってそれを完遂するか。さあ歌おう天使たち。さあ踊ろう天使たち。さあ歌おう天使たち。さあ踊ろう天使たち。ということか。the novembersのANGELS。日毎昇り地上という名の墜ちた天国を照らす黒い太陽の旋律。叙事詩。墜ちた天使たちの韻律。ん?