20181025死

電車というのがこんなにいいか。景色というのがこんなにいいか。景色が動くのがなぜこんなにいいか。景色が動くというのが、夕方、家、川、など、さっきは電車にいなかった。外にいた。歩いてると家があってひとつひとつが家がたくさんの家が激しい郷愁を誘ってきた。もう無理。飲まれた。なんかわからないが激しい。感じる心というものは死と情緒に親しく、だが思考はそれらと遠い。思考は細胞分裂などそういうレベルで、生の領域の極致にある。なぜなら思考している状態とは脳の細胞の動きとか血流の勢いとかタンパク質だかなにかの生成だとか消費・そのもの、だから、考えているあいだは、死とも情緒とも一番遠い。だから思考力の低下は死に近い。寝ないと落ちる。あまり寝てない。寝ないと頭が働かない。もう無理だということばかり考える。暗い考えは筋肉とか神経とか内臓と連動している。だから同じものばかり食べてるとウザい人間になる。まわりにもいる。ジュースばかり飲んでいると血が偏屈になる。その血で思考するその人間は偏執的な甘味飲料の使徒となる。よかった。書くというのはアイフォンで文字を打って書いて一文字ずつだから時間がかかってそのあいだ考えながら書いているから頭の整理がついて良くなってきた。よかった。これで大丈夫だった。寝ればいいんだ。そうやってなればいいんだ。寝よう。元気を取り戻せ。死のう、清水!