20180901

9月。私は職人と話していると自分がいかに世間知らずか分かるようだったら。9月1日は千葉の坪井町の施工現場だった。「ちげえよ、関越道のとこだよ」とか「燕三条か。じゃあ農家だ」とか「あれは八ヶ岳のところだったかな」とか「あれは高松だったしあれは釜石だったな」とか、地名ばかりだが私はよくわかるなと思って感心した。車に乗ってるから道とか地名に詳しいのか。だがそれ以外もものすごく詳しい。世の中というものに詳しい。「youtube見ねえのか?」と言われ「見ますけど、工場の動画なんて見ないですよ」という話をしていた。彼は自動車がどうやってできるのか異様に詳しかったが何時間もyoutubeで車の製造工場の動画を見ているかららしかった。youtubeは気づくと何時間も見てしまう。私もライブ映像を何時間も見てしまう。ロールスロイスなど高級車はもちろん大量生産しないので細かい仕上げは職人が二人で行ったりする。車内のソファは牛皮で二頭分の牛を使っていて牛の皮膚にキズがないかは職人がまたチェックをし、赤を入れ、機会がそれを査定してレーザーで切り取り、縫製職人がそれを仕上げるらしい。現場で物質を扱う人間は本当に具体的な情報に詳しい。自分の好きなもの、たとえばその人だったら車のつくりだとか、私の上司だったら山の地形や季節の草花だとか、あとはもう辞めてしまったが家具が好きなダイダロスばりの名工もかつて会社にいたが、彼らは皆、ぼんやりとした情報じゃなくて本当に生きた知識というものを頭に宿している。知識は限りなく安定しないので彼らは常に考えている。なので頭がものすごく良い。現場には二種類の人間がいる。という常套句はつまらないが事実ではある。そしてそれは現場の外にいても同じことである。

この前大学のときの教授が東京に来たときのことだったが、酒を飲んで食べ物を食べて適当に時間が経った頃だったが、教授は席の向こう側で私たちのことを見回して、「なにか言うのかな」という気配がして「なんでみんなさァ」と言って「魂入ってんの?」と彼は言った。私たちは魂の話になった。「生まれつき」と私は言って「宇宙の意思」と畠山は言った。「なんか昆虫みてえな魂入ったやつばっかでよぉ、就職課の連中に昆虫募集ってないッスか?って聞いちまったよ」「昆虫募集してる会社はないですよ」「でもだいたいみんな魂入ってないよね」「だからそれは宇宙の意思なんです。魂が容れ物を選ぶんです。昆虫の魂がふとした気まぐれで人間の容れ物に入ったんです」「へえー」と教授が言っておかしいだろと私は思った。「だから誰々は前世にものすごい美女だったから今世は惨めなブタで、誰々は前世にものすごい武将だったから今世は馬鹿な昆虫なんです」「いや、運だよ。運しかねえんだよ」「ていうか魂ってなに?」という話をしていた。そして左翼がなぜ差別的か?という話を教授が勝手にしはじめ、最終的に人を判断する基準は、生まれや人種や境遇などでは計れず、魂のレベルでしかできないという結論にその話はなったが、みんなポカンとしていた。私はもっとそういう話を掘り下げるのが得意だったが、なんとなくその話はそれ以上掘り下げても宇宙の意思にしかたどり着かない気がしてやめた。というより眠かった。

つまりこの世には魂の入ってる人とそうでない人がいる。私の会社には、社長と自分を入れて10人しかいないが、魂の入ってる人は6人プラス補欠で2人いる。あとの2人は入ってなかった。私が会って話したことのある職人は全部で6人いるが、魂の入っている人は4人プラス補欠で2人いた。つまり一応は全員入っていた。そのなかでも私が今日話していた職人はもう70になるが、たぶん親方なだけあって一番頭が良い。物知りというか好奇心があって、年下のやつにものを教えるのが好きな性格だから、私は好きで懐いている。ぼのぼのの最新刊でも、アライグマくんが「そいつが何か考えてる奴かなんて、そいつの目を見ればわかるよ」と言っていた。「だからミミズの考えてることなんてわかんねえんだよ」と言っていた。ゼネコンの人間にも、設備業者の人間にも、明らかに昆虫の冷たい魂の入ってる奴がいる。人を殺す人間というのはそういう人間でなのではないか、というのはなぜかというと、今日私と話していた職人が、なぜか老人ホームの殺人の話をしはじめて、「ていうかよ、ふつう殺すだろ? わけのわかんねえジジイに昼も夜もなんか言われてよ。窓から投げますよーってんだよな?  言っちゃいけねえけどよ。うんこ製造機だろ」と言っていて『言っちゃいけないことを言う』をこれほど完璧にやっている人を私は久しぶりに見た気がする。それでこういう人は本当に人を殺したりしない気がする。だから人を殺すとしたら魂の入ってない奴のほうが可能性がある気がする。魂の入ってる入ってないの話とは別になるが、この前北区の現場でこんなことがあった。喉に穴の空いた男が詰所で何か叫んでいる。「と、ら、れ、た」と何度も叫んでいて空気の掠れた音しか出ていない。彼は競馬の雑誌を誰かに盗られたらしかった。「勝てるわけねーだろ!」と職人たちが言っていて私は笑ってしまった。仕事をしてなかったらそういう人たちが現にいるということを頭では分かってても、本当には知らなかった。だから人が人を殺すのはふつうに起きる。昆虫のような人間はふつうにいる。喉に穴の空いた男はふつうにいる。世の中は本当にぐちゃぐちゃで狂った人間に富んでいる。そういうのを知るのが一番たのしい