2018.8.15

私はすごく暇だった。やらなきゃいけないことはあったかもしれないけど暇なのに集中していたというか、何もしていなかった。暇な状態に集中するというのは暇なのを意識した瞬間に集中が解けるので禅と同じだった。私は朝起きた。親戚が泊まりにきていた。会ったことのない親戚だった。親戚が泊まりにくるのはものすごく珍しいことだった。どの縁に当たるのか知らない人たちだった。妹と同じ歳くらいの姉妹もいた。その晩はその人たちと近所の川へ夏祭りを見に行った。翌朝起きるとその人たちがいた。昨晩はその人たちと話した。その朝は私は起きると散歩に行った。お盆に実家に来てから何度も散歩へ行った。というのは記憶というものを思い出しに行ったというのが正しい。私の家から

 

私の家から右へまっすぐ行くと駅前の公園があり、ここはいまは市に見放され藪地と化しているが、子供の頃、まだデジモン02がやっていた頃、その近くのスーパーでブレイブモンの食玩を祖母にねだり、買わせ、先に家に帰っててくれ、と私は祖母に告げてこの公園でひとしきり遊んだあと家に帰ったら、母に叱られた。だが今はこの公園に近づきもしない。ただの藪地になっている。

家を出て左へ行くと米屋があってその娘さんは私の二コ上くらいで非常に気が強く雰囲気に柔らかいところがなかったので私はかねてより苦手としていたという印象がある。その米屋を通ると十字路があって右へ行くと商店街があって幼稚園があってお寺があってお墓があって盆のお墓詣りはここへ行った。十字路を左へ行くとナンバの家がある。今日はナンバに会った。

私はそのとき散歩をしていて遠くまで歩いて来ていた。ふといろんな人の家に電話をかけて大湊の家は母親が出た。私のことがわかると彼女は大湊の名前を大声で呼んだが二階から降りてこない。夜勤明けで疲れているのでそっとしておいてほしいと言われ私は電話を切ってナンバの家へ電話をかけたら祖父が出たが私のことはわからなかった。ナンバが出た。暇だから車を出してほしいと私は言った。先のことは何も考えていない。これが後に響くことになる。ナンバのマイカーへ乗り込むと私はBluetoothのスピーカーに自分のケータイを接続して音楽をかけ始めた。それから新潟へ向かった。

新潟へ着くとチノケンのアパートへ行って彼も夜勤明けだったが眠りから目覚めてもらった。チノケンのアパートへ来るのは初めてだった。誰も意味をわかっていなかった。どこへ行くかもわからなかった。話すこともひとつもなかった。ただ車のなかに音楽が鳴り響いているが、それを聴く者は誰もいなかった。チノケンのアパートには女物の下着が干してあった。赤いレースがあしらわれた際どいものだった。これは俺が履くんだと言うと彼は畳んで引き出しにしまった。本当はそれは彼の32歳の彼女のものだった。私たちは海へ向かったが、海の家で焼きそばを食べたらすぐに浜辺を去った。何をしに来たのか誰もわからず、責任が私にあるような雰囲気になった。そのあとは水と大地の芸術祭の一環である古町のお化け屋敷へ行った。ハードロック系のライブハウスと同じ雑居ビルの7階だった。私たちの順番が来るとじゃんけんで列の並び順を決めた。じゃんけんではなかったか。とにかくチノケンが先頭になった。彼は「怖くねーし」と言いながら受付の女性に「お化け、弱めで。」とトッピングのようなものを注文していた。入り口から入るとぬいぐるみを持った女性がいた。このぬいぐるみを迷路の奥にいる少女へ届けるというのが我々には課されたミッションだった。彼女はその場所まで案内してくれる人らしい。しかし途中で彼女は死んだ。お姉さん、とチノケンは何度も叫んだ。「押すんじゃねーよ!」と言って彼は私の腕にしがみついたが私はずっと押していた。途中押し出されたチノケンが奥の部屋へ入って絶叫と共に消えた。消えたのではない。床がクッションになっていてめり込んでいた。踏むとずぶずぶ落ち込んでいく素材だった。うわあああと私たちはなった。すんでのところで脱出すると、暗い長い廊下の奥に椅子に座った少女がいる。人形のようにも見える。だがここからは暗くてよく見えない。チノケンはクロネコヤマトの宅配員だった。「いつもの調子で渡せば大丈夫」と私は言った。彼はしばし逡巡したあと頷くと、意を決したように廊下へ足を踏み入れた。「クロネコヤマトの知野です」と言いながら椅子の少女へあろうことかぬいぐるみを投げつけた。すると少女が立ち上がって追いかけてきた。それから不思議なことが起きた。きわめて通路の狭い廊下で、先頭のチノケンのうしろには私と、私のうしろにはナンバがいる。チノケンは私とナンバをすり抜けて、一目散に出口へ向かって猛ダッシュしていた。これは後から気づいたことだ。どうやって彼はあの狭い廊下で我々二人のあいだをすり抜けたのか。わからない。しかし結果的に私が最後尾で怨念に駆られた少女に追いかけられた。

お化け屋敷を出るとさっきの大湊から電話がかかってきた。「久しぶり」と彼は言ったが私は律儀だなと思った。でも彼はガソリンスタンドの夜勤明けで身はぼろぼろの状態だった。もう少しで上がりが見えるんだと私は言った。たどり着けるんだと言い続けていたが、大湊の声音からはもう久しぶりに会う律儀さは消え失せていた。「意味わかんねーよ」と言われて私は至極まっとうだと思った。でも彼はそれをツッコミで言っているだけだった。それから町へ一時間かけて戻ると大湊の家で彼を拾った。それからどうするのか。「一時間もあったのに決めてねーのかよ」と彼は言ったが彼は文句を言うのが好きだった。私はなんというかいつも何か言い出しっぺで彼に文句を言われる役割だった。しかし一時間あって、何もなかったわけではない。

私は車のなかでナンバと話していた。うしろにチノケンの運転する車があった。ナンバの車内には私とナンバだけだった。チノケンはまた新潟のアパートへ明日の勤務に備えて戻らないといけないから自分の車で来るしかない。「最近まわりの人と話すといつも結婚とか恋愛の話になる」と私がナンバに言うと彼はうつむいた。そうか。彼も同じなんだと私は思った。「俺は一生この職場で骨を埋めるんだ」と彼は言った。ただ仕事をして親から受けた負債を返すためだけに大学で勉強して、ようやく職についたのに、気づいたら職場の高卒の後輩たちなんかはみんな彼女がいる。先輩はなんで彼女いないんですか?と彼は聞かれた。「こっちが聞きてえよ!」と彼は叫んだ。そうだ。私たちは人生でこっちが聞きたいことだらけだ、と彼は言った。「28か29までらな」と彼は言った。「らな」というのは方言で「だな」という意味だ。28か29、そこまでは生きてやってみる。だが駄目だったら、「死ぬこてな」と彼は言った。というより私が言わせたのだ。「死ぬこてな」というのは「死ぬだろうな」という意味だ。私は仕事が嫌なら辞めればいいと言い続けた。彼はもうやめろ、と言った。

「仕事を辞めてもなあ。社会的に死ぬっけなあ」

と彼が言う隣の助手席で私は遠くの山を見やっていた。というシーンだ。車のスピーカーからchaiというバンドのsayonara complexという曲が流れていて、これは歌詞をその通りに受け止めれば別れの曲でもある。バイバイ、というフレーズが繰り返されるのを遠くの山が通り過ぎて行って、そのふもとから長く伸びた緑の稲穂の田んぼがずーっと続いている、という景色だった。メロディと景色は似ているが、なぜ似ているかはわからない。と私は思った。ナンバは前を見て「仕事を辞めてもなあ」と言っていた。

そういうことがあった一時間だった。だから何もしていなかったわけではない。「ちゃんと考えたけど、結局世界にあるべき姿はないという結論になった」と私は言った。「そういうことじゃねーよ」と大湊は言ったが彼はツッコミが好きなんだと思う。昔からお人好しでツッコミに徹していた。だが彼は本当は自分が一番ふざけて周りをかき乱すのに性的興奮をおぼえる異常者だった。とにかく私たちはゆくあてもなく傾いた家〈ビックリハウス〉のある公園へ車で行った。車で行くと10分くらいで着く。ちょっと遠いところにある。傾いた家というのは、

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これで、斜面に建てられていて17度の傾斜がある。写真の人間(大湊)が傾いているのではなく、これは本当は家自体が傾いているというアスレチックである。しかしこの写真自体は人間の傾いた影が不気味でもある。傾いた家で五分くらい遊んだ。そして出ると、駐車場へ車に乗り込みに向かった。途中私たちはずっとふざけ合って話していたが、「なんでもかんでも難しい言葉で言えば頭良いってもんじゃねーぞ」と私は大湊に言われて眼が覚めるような思いだった。大湊は頭が良いと思った。

そうだ。その前に心霊スポットへ行こうという話が大湊から出たが、チノケンがさっきの今で「それはやばくね?」と唐突に焦り出した。私は小学生のときみたいなノリというか雰囲気だと思いながら「おしめが欲しいか」と言ったら彼は「ふざけるな」と言って怒りだした。結局心霊スポットには行かず、ビックリハウスへ行って何の感動もなくその場を去った。