2018.7.25

私はきっと仕事をやめたときやっててよかったと思う気がする。だがもしこの心を諦めるなら、というのはつまり、いまの仕事というものに生涯を捧ぐなら、間違いなく私は齢66の上司を超えられるだろう。私は彼とは違うタイプの巨大な英雄になれると思う。だがいずれ仕事はやめる。

とはいえなぜこんな嬉々として仕事の話をするかというと私はたぶんやってて楽しい。前まで仕事の話はつまらないのでしなかった。でもそのときはリスクのないことばかりやってたから、今はリスクしかなくて、死がすぐ隣にいて、やっぱりそういうのを楽しいと呼ばずに、なにを楽しいというのか私はわからない。たぶん新参の若い奴に必要なのは演習じゃなくて本戦だと思われる。本戦といってもほかの仕事がどういうことをしてるのか知らないけど、たぶんいまの私は本当に物語の主人公の位置にいる。私は折れたり泣いたりしなくて良かった。べつに人は折れたり泣いたりしてもいいけど私には私なりの内省があるから、たぶん自分がそういう反応をしたら自分で自分が嫌になると思う。だがそうはならなかった。まだ夏は終わってないが今は私は自分で立っている。ということは仕事をやめてもたぶん大丈夫だと思う。

というか、ならリスクとはなにか?という話になる。なにをもって危険と言うか、その危険に飛び込んでいっているかと言うと、何だ?  俺は何をしているんだ? 何をやり遂げているというのか。外の人間たちに向かっていっているとでもいうのか。それとも私がこれまでの人生でそれをずっとやってこなかったから今やってて勝手に満足感を得ているだけだというのか。私は齢66の上司に「発注部材をコントロールしろ」とだけ言われて今日はついに具体的な指示が出たが、それでも一気に概要だけ説明されて「やっとけ」と言うのがおもしろい。アドレナリンがでる。たぶん彼は難しいことをやらせようとしているが「難しいと思うけど…」とか「辛かったら言えよ…?」とか余計なおしゃべりはせずに、やっとけ!とだけ言うのがおもしろい。火を焚きつけようとしているというより、新参の若者を対等に扱おうとしているのがこっちにわかるのがおもしろい。彼なら私以外にもそうすると思うが、私はかなり安易なのですぐに乗せられる。私はずっと彼の挙動を観察しており、電話の喋り方とか、ものの考え方とか、どう振る舞えば相手が安心するか、とかいう身のこなし方を見てて、へえ〜とか思ったりする。なるほど。とか思う。そしてその通りに真似をすると上手くいったりするので、こいつはいいや!と私は思って楽しい。いや、余計な気遣いとかメンタルの駆け引きとかしないのは本当に楽しい。

あたりまえのことを言うが、「至急打ち合わせに上がりたいんですけど!明日午前事務所にいらっしゃいます?!書類持ってついでに現場見させてもらおうと思いまして!所長がいらっしゃればご挨拶も!」とか相手の都合とかいちいち聞かずに一気に言えば「え?あ、ああ…いいよべつに」となる。私はそうやってこれまで好きな人に「好きだ!明日空いてる?!結婚しよう!」と言えばどんなに良かったことか。いちいちいちいち俺は何を考えていたんだと思う。齢66か。彼はもしかしたら「結婚しようや」とか言って結婚したのかもしれない。「僕と…デート…」とか漫画の読みすぎじゃないのか。彼だったら「なに?!ブドウが好き?!じゃあ今度ブドウ狩りにでもいくか!うめえブドウが食えるとこ教えてやるからよ!」とか言ったのかもしれない。なぜかというと彼はフルーツ狩りというものを極めている。やはり山であらゆるものを教わったんだろう。俺は余計なものを人生に詰め込みすぎた。そう感じる。だがそれはむずかしい。彼の後を追っているかぎり、私はいつまでも今のままだろう。今のままでいいじゃんと小澤さんは言うだろう。私はそうか?と思うだろう。今のままでいるより死んで生まれ直すのを繰り返してる方が単に楽しいんじゃないのか。だが齢66か。私はあれぐらいの大きさの人間を見たことがなかったかもしれない。彼はよく「不信感」という言葉を使うが「奴らに不信感を抱かせるなよ」とか、ということは彼には内面があるということだ。自分が誰かに対して不信感を持ったことがないかぎりそういう言い方はしない。だから彼はぜんぶ知っててあの「ガハハ!」とか「えれえことになるぜ」とか「ありがとな」とか「やっとけよ」とか「何にも考えてねえなお前!」とか「わりいわりいジジイになるとボケちまってよ!」とか言っているということだ。私だったら色々考えた末に一人で黙っているかもしれないところを、彼は相手を包み込むような、支配するような大声と眼の血走りと勢いで虎のように向かっていくが、私はうわああ!と思う。私は彼が好きなのかもしれない。しかし彼は危険だ。ルーリードがデヴィッドボウイを「危険だ」と見なしたように、私は彼に脅威を感じる。おそらくルーリードはデヴィッドボウイに惚れていたのだと感じる。しかし好きだという感情は、不思議なことに、通常は、異性に対しては自意識のなかで何の検問もなく通過できるが、同性になった途端に、奇妙で神聖かつ危険なものになる。とは言えないか。私が感じている脅威はそれだと言えないか。いや、私はおかしいが正気ではある。だが何にせよ誇張して言うのはまた楽しく、そんなことを言うなら、女とはなにか、男とはなにか、恋とはなにか、という話になる。つまり誰でも、男が男に惚れることはありえる。女が女に惚れることはありえる。たしかルーリードはホモだったが、デヴィッドボウイはデヴィッドボウイでなぜかミックジャガーと性交渉をしたことがあるというエピソードがある。私だったらまだ躊躇するが、だから私は普通なのかもしれない