2018.69

書こうとしているのは長い話になるように思う。しかし何を書こうとしているのかはわからぬ。それは書き忘れたことでもある。5月の末に私はももいろクローバーZのライブを観に東京ドームへ行って妹と一緒だった。皆カラフルだった。皆というのはファンと言う名の民衆のことで彼らは武士(モノノフ)を名乗るくせにお仕着せの色に染まる。赤と黄色とピンクと紫が今のももいろクローバーZで、緑はもう死んだ。でも緑を着たファンが残党のように場内にちらほらといて、血走った目で何かを企んでいる。奴らは花火をあげる気なんだ。私はそう確信した。時間になると照明が落ちて前口上がはじまった。雄叫びがあがった。私は妹に渡されたサイリウムを振り回した。ステージの右端の観覧席のチケットだった私たちはメンバーの姿が遠くてまったく見えない。モニターも正面を向いているのでこちらからはモザイク画のようにしか見えない。しかしステージの上でアイドルが踊っているのが小さく見える。曲が終わった。時間が過ぎた。喋りだした。その日はももいろクローバーZの10周年記念のライブだった。マイクを紫が手に取った。「ここまで来れたのは本当に皆のおかげで」 私はいがらしみきおの言葉を思い出した。「スポーツ選手とか芸能人とか、ここまで来れたのはファンのおかげとか家族のおかげとか言うでしょう。あれはああ言えば良いと思って言っている。ああ言えば良いと思ってやっているだけでしょう」 マイクがピンクに手渡された。何か喋った。次に黄色に手渡された。何を言ったかは覚えてないが、黄色は自分の言葉で喋ったように思う。そしてそこにめそめそした感情があまり入っていなかったのが良かった。黄色はあくまで勝ち気だった。「10年経った。だから何だ。お前らもっと叫べるのか?」 そう言った主旨の檄で観客を煽り、私の胸の奥の火種もかすかに暖められた。そして赤がマイクを手に取った。そこで私はももいろクローバーZというバンドの持つ英雄性というものが、いや、あらゆるバンドやアイドル、国家などの共同体が持つ英雄性というものが、とりわけ一人の人間の持つ君主的なヴィルトゥによって支えられているということを改めて認識した。マイクを手にした赤はしばらくステージの上から観客を見下ろしていた。何万という人間を前にしてなお口元はほころんでおり、誰もが彼女の発する言葉を待つ沈黙のなか、気負うものはまったく感じられなかった。それはある種の神経系の麻痺だった。しかしそれこそが将器になりえる。赤は喋りだした。「いやあすごいね」 何万人もの顔が自分たちを向いている。赤はそれをまっすぐに見ている。意識ははっきりとしていて、口元はいまにも笑いだしそうにしている。「私勉強全然できなくて、10年前だから中学からほとんど学校にも行ってないし、何にもできないけどステージにいるよ。自分で言ってるけどすごいね。私が証明するぞ。人生は学校の勉強じゃないんだ。私はこの10年この場所で色んなことを学んだぞ。ここは私のいる場所なんだ」 それは胸を打つ言葉だったが、彼女は何も考えていない。ゆえに言葉に裏はなく、それはただの冗談を交えたMCでしかない。観客は笑いとともに歓声を送った。10年という歳月はそうやって一人の英雄のあっけらかんとした一言によって締めくくられた。そこに涙はなく、劇的な覚悟もなかった。じゃあ私は何だろう。私は学校に行った。そこで学ぶことはたくさんあった。会社に入って、今も学ぶことがたくさんあるけど、でも私たちは別にそうやって生きる必要はないというか、彼女たちのように特殊な道・アイドルになったって良い。学校に行かなくてもいいのに行ったのは何でだっただろう。会社に入らなくてもいいのに入ったのは何でだっただろう。しかしそこに悔いや諦めの色はなく、私たちだって彼女の言葉が理解できる以上は同じ土俵に立っている。いや、働いていると本当に色んなことを考える。私は色んな人の色んな言葉を思い出す。東浩紀が対談で言っていた「いや、これははっきり言っておかねばならないんだけど、馬鹿と話すのは時間の無駄なんだ。じゃあ何をもって馬鹿と言っているかというと、まあ好奇心もなく流行りに乗っかっているような奴のことを馬鹿と言っているわけだが、俺はそんな奴とは一言も話したくないんだ。だって人生は一度きりなんだ。人は、いつも、自分の頭が楽しい状態になくてはならないんだ。それを打ち捨ててまで得るものは人間にはないんだ。いかに効率良く金を稼ぐとか、そういうことを考えはじめるとぜったいに人は駄目になるんだ」。私はこれをわざわざ書くほどのことか。しかしわからない。だがよぎるのだ私の頭に。石川忠司の本に書いてあった言葉だ。「自分の経験や観察からすると、どうもわれわれという存在は、例えば男の場合だったら会社に入って職に慣れ、そしていよいよ新人社員の女の子の前でさも仕事ができるふりをしてみたり、彼女のまだぎこちない作業の様子を優しい目で見守るふりとかをしていないと駄目になっていくような気がしてならない。また仕事上の危機をいかにも己の力だけで乗り切ったふりとか、ともかく日常心理の中にもうどうしようもなく巣食うチンケなヒロイズムをそのつど満たしてやらないと駄目になり、専制的で気難しい変人になっていくような気がしてならない。おそらく本来仕事とは、ささいでチンケだがしかし非常にリアルな欲望を十分満足させるための楽しげでわくわくする場所のはずで、いわゆる勤労、生産行為としての労働など、仕事の本分からするとただの付け足しに過ぎない。」そしてストロークスのyou only live onceという曲の題名を思い出す。「俺を座らせてくれ。俺を黙らせてくれ。きっと落ち着いてみせるよ。そして君と一緒にいるよ」という歌詞を思い出す。どこかへいった吉田教授のことも思い出す。清水の言葉も思い出す。一言もMCをしなかったスーパーカーのラストライブのことも思い出す。しかしそれはただ思い出すだけだ。私は詩情も理屈も欲しくない。ただ誰かに会って遊びたい。仕事というものは今の私は本当にたくさんやることがあるのだ。夏が近い。でもほかの仕事もたぶんそうなんだろう。俺はささいでチンケなヒロイズムなど満たしたくない。だから仕事がキツいふりなんか絶対にしない。だが誓って言うがこれは劇的な覚悟なんてものではない。私が喋り書くのは意味のない言葉だ。ただ俺は何か喋っているだけだと思う。