2018.3.18

わたしは何をしているのか。小説を直さなくてはならないが開いて一行目でもう消したくなる。でもいまの自分の実力なので仕方ない。おらおらでひとりいぐも。はつまらなかった。と教授陣たちが言ってたらしいとまだ大学にいる友だちから聞いて、そんなのもう関係ないはずなのにわたしはまだ気にしている。あれがつまらないってどういうことだろう。たしかにめちゃくちゃおもしろいというものではない。けどいまのわたしにはあれは書けそうで書けないだろう。百年泥。はまだわかる。でも読んでつまんねーとは思わない。つまんねえ!と怒りも湧いてこない。つまんねえ!となればまだ俺が書いてやる!と思えるけど百年泥はつまんねえ!とは思わず、おもしろくないこともない。という感じで、本当はもっと頭をつかって作品を分析しないといけないところが、わたしは読み終わって数週間経った後でもまだ読者の気分でいる。

つまり私は自信というものを喪失していて、これは遊びや読書や生命維持の生活(仕事)にも影響している。毎日がぼんやりしていてむずかしいことが考えられない。

きのうはいい天気だったから原付のヘルメットを買いに行った。きょうは自賠責保険を発行してはじめて原付に乗ってみて走る練習をしたがエンジン音がうるさすぎる。というかミラーが壊れていてうしろが見えない。「ヘッドライトは前を知る明かり。バックミラーはあとを見る鏡」というのは井上陽水のjust fitという曲の歌詞だがあたりまえのことを言う歌詞はやっぱり良い。車体はボロボロだし慣れないから間違えてフルスロットルでカーブを激突しかけた。自転車みたいに機転は利かないしほんとに危ない。あと速い。わたしは近所のなるべく車の通らない道を何周もして練習したがまだまだぜんぜん乗れない。というかミラーが壊れていてうしろが見えない。ミラーの角度調整はふつう新品の原付だとできるものなのか、でもわたしの原付はミラーを覗いても自分の腕がうつっている。角度を直そうとしてもネジ穴がバカになっていてミラーがくるくるまわる。きょうも練習している最中にミラーが回転してうわあああ!と思って停めてなおしたが、なおしても腕しか見えない。あとエンジン音がうるさすぎる。加速と減速をくりかえしていると通行人が変な目で見てくるが、こっちは練習しているんだから仕方ない。

なんにせよ努力しないといけないとおもう。土日はあっという間に過ぎた。金曜は大学の友だちと飲んだ。5人もいた。(自分を含めて)

でも深い話はいっさい出てこなかった。というかそのうちの一人はすでに三時間飲んでから来てたからそいつがすでに酔っていて不安定だった。5人もいると声を張り上げないと自分の声が通らないし、通ったら通ったでみんないっせいにこっちを見るから話しづらい。しかもわたしも酔っていてなにを話したかまったくおぼえておらず、変なこと(言うまいと決めている類いのこと)を口走っていたらどうしようという心配がいまだに拭えない。これもすべて自信の喪失というものによる。