私は我慢できずにまた書く。遠くの知らない街に来たがこれは出張とよばれるものである。会社は作図も積算も見積も営業も開発も施工もぜんぶやらされるので今度は架台をつくるのとは全然関係ないから私はただつらい。なぜかというと身体=精神だからだ。あ。またやっぱりこれはちゃんと書かないとダメなことだ。でもだからわたしは身体が疲れてるから気持ちが疲れてる。しかし今はやるしかないからどうでもいい。さむいとつめたい、つめたいとさびしい、さびしいとわたし、あなたが、〜というのはわたしがつくった曲のなかの歌詞で身体=精神をあらわしているがもしかしたらメロディがあるからロマンチックにきこえるかもしれない。でもロマンチックにきこえるようにつくってあるからいい。というか曲をつくるのは趣味だけど趣味というのはつらくなったらやめる。しかし読書とか勉強とか書くとかはつらくてもやめちゃだめな気がする。じゃあ仕事はというと私には関係ない気がする。わたしは色々かんがえるが会社で働いてる人の生態はわからない。だが知ろうとはしている。

これは「内面をつらつら書く」という人間としてのタブーを破っていることになるのか。私は自分の内面を書こうとするならいくらでもできるがやりたくない。王翦将軍の強みは一切感傷を持たぬこと。彼の本心はいつも仮面の下に隠されている。六将級の実力を持ちながらも危険思想のあまりずっと日陰に追いやられていた影の英雄。彼は何も語らず何者も信用しないが、胸のうちに熱いものを秘めている。それは限られた人間のなかにだけある凄まじい欲望というものだ。彼には愛国心などかけらもない。自分が王になりたいからだ。王翦将軍はつよいから私は王翦将軍みたいになりたい。でもつよくなくてもいい。弱さという英雄性もある。というかもう無理だ。かえりたい。たすけてくれーーー!!!!、