2018年1月12日金曜日 東京 晴れ

古代都市国家アルバ・ロンガはラティウムのアルバ山のふもとに位置していた。と言われている。紀元前800年?ほど前のことでたしかな考古学的証拠はない。アルバ・ロンガはなかった。と主張する考古学者もいる。いずれにせよひとの営みは口承によって伝えられるのみ。

そして物語はどうやってはじまるのか。長い年月が流れ、双子の兄弟がやってきた。ティベレ川のはるか彼方からやって来た。といってはじめたらいいか。ふたりは赤ん坊で小さな籠に乗っていた。ふたりがどこから来たのか誰にもわからなかった。

彼らは泣きもせず籠のなかからじっと空を見上げていた。それを見ていた川の精霊ティベリヌスはおもしろいものが見れるとおもってふたりをアルバ山のふもとの岸へと流した。ふたりを拾いあげたのは深い森にすむ一匹の雌狼であった。ふたりはまだ言葉も話せないうちからその狼の乳を吸って大きくなった。しかしある日、獲物をとるため山をおりた母親狼は運悪く羊飼いに撃ち殺されてしまった。兄ロムルス・弟レムスというこの双子の兄弟の名は、このとき彼らを拾った羊飼いによって名付けられたものであった。ふたりは人間のくらす町のなかで育ち、やがて言葉や仕事をおぼえた。かつての優しき母親に別れを告げ、ふたりは羊飼いの夫婦の暮らす家にすくすくと育ち、愛を学び、立派な青年になった。しかし彼らはやがて、自らの出生の秘密と運命を知ることになる。と言ったらかっこいい。双子はやがて新国建国のために対立し、争いあうことになる。それがすべてあったとされる・いたとされると語られる古い話のはじまりである。今日私は12時間労働をしていた。

こうやって日記は今日あったことを記す。今日本当に私に起きたことはこうやって何千年も昔にあったとされる伝説の現実の延長線上にあるというか直接つながっている。同時に伝説や神話というものが果たして本当にあったのか・事実として本当に起きたことなのかということについては、いま私たちが見たり聞いたりしてるものが果たして本当にいま起きていることなのか、という問題とたぶんきっと等しい。

ぼのぼのは「しまっちゃうおじさん」という存在(すべてのものを暗闇の中へとしまっちゃうおじさん)にしばしば脅かされるが、これは彼の頭のなかにしかおらず、アライグマくんはそのことを責め立てる。それはお前の妄想なんだ。病気なんだ。しまっちゃうおじさんなんてどこにもいないんだよ。でもアライグマくん。「でもアライグマくん、うしろ!」コマは暗転し、アライグマくんは目を見開き振り返る。「いないだろ!」たしかにいない。ぼのぼのは殴られる。でもしまっちゃうおじさんはたしかに僕の頭のなかにいるんだ。それはいる、ってことじゃないのか。僕がこうして現実のなかで空想しているこの存在は、こうして現実のなかにいるってことじゃないのか。いないってことなのか。じゃあ僕たちはなんでいるんだろう。それともいないのか。そう考えているぼのぼのは、作者であるいがらしみきおの頭のなかにいる。そして描かれて知られていまではみんなの頭のなかにもいる。というのはしゃべりすぎか。

そしてぼのぼのは、頭のなかでしまっちゃうおじさんからもらった地図を頼りに、その在り処を突き止めようとする。いいだろう。そのふざけたつくりもののキャラクターがお前の妄想なんだということを証明してやる。そう言ってアライグマくんもいっしょに行く。長い旅路のはてに二人がたどり着いた先は、意外な人物の住み処であった。