20190919ニコ・ロビン的アクティング・アウトの弊害

「忙しさ」という既存の概念を堪能するといった「毎日」であったが〈イグ〉振り付けはゆるやかに続けていた。しかし弊害もあった。〈金縛り〉という既存の概念にやられ私は連日睡眠がままならなくなった。「仕事」と言われているものは「5:00-19:00」といったような換算値で進みやや寝不足=脳内の栄養不足という状況だったと思われるがゆるやかに〈イグ〉行為だけが連続していたと思う。「仕事」と近現代人が好んで呼んでいるものは実際は食う寝るやるをカジュアルに着飾るセレクト・ショップ的ファッション・アイテムに過ぎまいと思う。『仕事』を「仕事」だと思って『つら』がったり、『毎日』を「毎日」だと思って『うれし』がったり『かなし』がったりするトレンド・アイテム的ファッション・アイテムに過ぎないと思う。だとしても全部どうでもいい。関係ないし。服とか着んし。買わんし。着るけど

下記の歌詞の通りと思われる

https://soundcloud.com/user-249467151/z1y1npbszcbv

20190914ニコ・ロビン的アクティング・アウトの実践

ニコ・ロビン的アクティング・アウトを実践に移すべく我々は江ノ島へと南下した。土曜日の昼であり概ね快晴だった。私は午前は“業務”に注力した。12時半に新宿駅を出発し一時間ほどで藤沢駅に到着した。我々は江ノ島電鉄へ乗り換えた。極度の空腹のため海が見える前に下車した。それから我々は観光地化された通りを歩いて行った。私は江ノ島駅の通りは初めてだった。小澤は「生しらす」を食べるべきだと主張した。私はそうだと言った。しかし私は「生しらす」を食べたことがあった。我々はやや古い海鮮食堂に入って行った。私が「おまかせ丼」を注文すると小澤は「生しらす膳」を注文した。そして私が「マンボウの唐揚げ」を注文すると小澤は「マンボウの腸の西京焼き」を注文しマンボウが被った。「マンボウの唐揚げ」を私は食べた。脂身が多くコリコリとしている食感だった。「マンボウの腸の西京焼き」を私は食べた。貝の身のように厚くコリコリとしている食感だった。私はマンボウを食べるのは生まれて初めてだった。

それから「おまかせ丼」を食べた。私は銀紙に乗ったマカロニサラダのようなものを食べた。それだけでなく丼に刺身が敷き詰められてある見た目だった。鯛・マグロ・イクラ・コリコリした魚・エンガワに似た味の魚、海苔、海苔の下にかつお節、薄く切ったにんじん、ゴーヤ、ネギ、白ごま、大量のシャリシャリしたワサビ、最初に銀紙に乗った甘い味噌のようなものを食べた。それからその味噌を白身魚の切り身に乗せて食べてみたような気がする。味ははっきりと覚えていると言えると思う。口のなかに多様な味と食感を感じるのは麻薬のような多幸感だと思った。「おいしい」は<イグ>であることは今さらな話だが、新しいものを口で感じるごとに我々は何度も何度もそう感じると思われる。夢中になると同時に色々なことを考えており、村岡が「食欲」というものに対して取っていた態度や思考方法をいま私はトレースして自分のものに生成しなおそうとしていたような感じだったと思う。「この味は何か」「この食感は凄い」「もっと美味しくなるにはどこをどうすればいいか」「この味はこの味噌と食べた方が美味しいのではないか」「この切り身はこのかぶら漬けと食べた方がもっと高く翔べるのではないか」「ゴマとはなんなのか」「ゴーヤを生で食べようと思うことは普段自分の脳内では思わないからこのように外部刺激的に“生”の“ゴーヤ”が現れてくれたことによって」というようなことを考えており、同時に口の中や喉を通る凄まじい情報量と麻薬的多幸感に支配されており、完全に観念形態の<ダンス>の舞踏会から脱落していたと思う。振り付けは<イギっぱなし>になっており、空になった脳内はホワイトアウトしていたと言えると思う。だがこれもすべて言っているだけだが、食べている間は確実に違った。食べている間は確実に幸せだった。

それから私たちはさらに南へ歩き江ノ島大橋を渡った。それから堤防に上がり海へ出た。私たちはそこをワンピースの現場と名付けた。船乗りの老人が完全に道化の姿だった。それから私たちは丘を登り、小さな山のようなものを超え、まだ見ぬ最南端の江ノ島へと出た。それからまた海へ出ると、人の多さに引き返していった。それから海の見下ろせる丘の茶屋に入ると私はサイダーを飲み小澤はかき氷を食べた。それから桟橋のような場所から日が沈む海を見下ろしていたと言える。起きたことをそのまま書こうと試みるが、私たちは身を乗り出して海を眺めまったくの間無言だった。そして私か小澤のどちらかが口を開いた。「人間の素晴らしいところは“未来”という概念を構築しこれから先のことを計画できるところだ」これは小澤が言った。「しかし今は先のことは一切考えておらず昔のことも一切考えていないのではないか」これは私が言った。しかしすべてありきたりな頭でっかちの会話だと思った。「全部どうでもいい」とたしか私が言ったように感じるが、しかしそれも含め全部どうでもいいと思われる。本気で全部どうでもいいというように思われた。海のなんと綺麗なことか。という、あわやハートフルな話になるところだった。しかし私はすでに完全にそうなっていた。「眼球は素晴らしい高解像度だ」と思った。日が沈むところの水面がグネグネ動いておりそのたびに光るというような素晴らしい映像だと思った。水の動きというものは素晴らしいと思った。それが岩にあたり白い飛沫になる、というよくある話だったと思われる。

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20190913ニコ・ロビン的アクティング・アウトのレッスンにおける補足

待つよりも先に〈イグ〉というのは『つらく』『さびしく』『悲しく』何もできなくなってしまいそうなとき、それらの“観念”をぶっ飛ばして強制的に活動し続ける(創作し続ける)(元気でい続ける)ために行われると思う。でも言葉の過激さとは裏腹に軍国的・筋肉的なところはひとつもなく、むしろ抱きしめたくなるような無力さと純真さ–––インカ帝国の創造神“ヴィラコチャ”のように〈精液の涙を流す〉涙=活力であるような・生=死であるような感動的な何かに満ち溢れているということにしたいが、実際はイッている最中のため何もわからない。しかし同時に『つらさ』『さびしさ』『悲しさ』とは何なのかと思うが、これが何かわからない。なぜならイッているから。そうだと思われるが、しかし優れた歌詞とは常に“真実”のようなものを射抜いているように思うのが、まさしくブランキージェットシティの下記の通りであると思う。

“寂しさだとか

優しさだとか

温もりだとか

言うけれど

切なさだとか

儚さだとか

運命だとか

言うけれど

そんな言葉に

興味はないぜ

ただ鉄の塊にまたがって

揺らしてるだけ

自分の命

揺らしてるだけ”

というように思われる。

20190912ニコ・ロビン的アクティング・アウトのレッスン2

人の〈ダンス〉は“現在”という混沌に対する抵抗と対策のために行われ、各人の個性的または無個性な振り付けがお互いに呼応し合い、いわばフルオープンの発狂の砂嵐から身を守るシェルターとして人間世界を形成しているように思われる。

“『つらい』とき「つらい」と言えたら

いいのになあ   ああ”

という歌詞がAqua Timezにありニコ・ロビン的アクティング・アウトとはその究極形と言えると思う。

“つらいときつらいと言えたら良いのになあ

ああ

僕たちは強がって笑う弱虫だ  ああ

淋しいのに平気なフリをしているのは ああ

崩れ落ちてしまいそうな自分を

守るためなのさ

ああ”

ニコ・ロビン的アクティング・アウトとは『つらいとき』「イギだいッッ‼︎‼︎」と叫び『淋しいとき』「イギだいッッ‼︎‼︎」と叫び、『悲しいとき』『ムカつくとき』「イギだいッッッ‼︎‼︎‼︎」と叫び、“自己”という名の階段が混沌の嵐に吹かれバラバラになりそうなそのとき、待つよりも先にこっちから〈イグ〉ための、果てしない抵抗と絶頂の返礼的舞踊とも言えようと思う。まさしく「決意の朝に」というわけか。まさしくAqua Timezに対するニコ・ロビン的反転、ニコ・ロビン的超越というわけか。

「終わらせる」と村岡が言ったとき、彼は死ぬのを恐れていた。だから待つよりも先に行こうとした、のだと思われる。

しかしそれは〈人〉がこの地上に存在をあらわしたときから、彼・彼女らが絶え間なく好み、何千年と貪るように求め続けてきた「知りたい」という欲求または「対策を練る」という楽しい遊びの、ひとつの究極的な形態と言えようと思う。「混沌=ハシゴ」とピーター・ベイリッシュ公は言ったが、「終わらせる」とは、それを昇ろうとするでもしがみつこうとするでもなく、勝手気ままに無関係なところへ新しいハシゴを懸けてしまうか、もしくはただ単に手を離してしまうか。しかしすべて言っているだけに思われる。だが待つよりも〈イグ〉ことが肝心肝要な攻防的手段に思われる。〈イグ〉とは結局“自己”を発狂から守護るための現実的で実務的な政策にほかならず、「国家」が武力を持とうとするように単に政治経済的な手段でしかないと思われる。

つまり『つらい』とき「つらい」と言えたら本当はいいのに、ニコ・ロビン的踊り子たちは「イギだいッッ‼︎‼︎」と言って絶頂グ。そして無限の花園のような無神経なユートピアが形成されると思う。

20190911ニコ・ロビン的アクティング・アウトのレッスン1

〈イグ〉ということは私なりの振り付けと言えるが––イギだい––とニコ・ロビンが叫んだとき私は驚愕した。ニコ・ロビンは「生ぎだい」と言ったがあれはダブルミーニングだと思った。その後の台詞がこう続くことを最近知った。

「私を海へ連れて行って!」

なんと感動的な台詞か。と思った。

私は私なりに〈イグ〉ということについて誠実でいようと思った。これはつまり「頭をぶっとばす」という意味だと思われた。“ダンス”は誰しも正気を保つために行われるが、同時にその各人の振り付けは混沌のなかで互いに呼応し合い、“現在”へ対するある種のシェルターのようなかたちで人間世界を形成すると思う。〈イグ〉という振り付けについて考えるとこれは「頭の観念をぶっとばす」ということを渇望している舞いなのだが、同時に言葉で「イグ」と定めた時点でそれは“イデオロギー”という名の例の流行語になってしまうと思われる。なので実際「イグ」というのは難しいです。それはアルコール等の麻薬を必要とします。しかし覚醒物質の投薬なしで脳内の鳴り音のみで観念をぶっとばすというのが本来のニコ・ロビン的アクティング・アウトです。それは非常に音楽的です。サイケデリックに本能的であり忘我や自失というものに献身的です。しかしすべて言っているだけに思われます。

20190910思い出せん2

5月18日−23日アイスランド渡航によるカレンダーの換算値から今日まででだいたい四ヶ月過ぎた。

アイスランド渡航として思い出されるのはやはり強烈な「仲間のいなさ」か「話し相手の完璧な欠如」というものでした。なので、次は誰かと行った方が完全に楽しいです。

そもそもアイスランドは凄まじく寂寥感があったように思われる。空港に降り立ったとき静かだった。英語やアイスランド語が理解できないため静かに感じたのかもしれなかった。しかし鶴岡や酒田の駅に降り立ったときの絶望的な感じに似ていた。アイスランドは寒かった。夜なのに明るかった。だが青空は一片もなかった。ただ明るく白けており、見渡すかぎり狂ったように広く誰もいなかった、というような記憶があるが正直よく覚えていなかった。ヴィンランド・サガという漫画を最近読み「ここ(アイスランド)より先なんてあるの? いったいどこへ逃げればいいの?」みたいな台詞があった。アイスランドの首都レイキャビクは地上で最北緯に在するとのことであった。その火山島が最果ての地であることになぜか恐ろしく感動すると思う。曰く近寄りがたい古代北欧の神々の沈鬱な雰囲気にまもられており、陽の光さえ届くのはまれな氷の地…とか言って、観光客的な外からの視点で過度にアイスランドを物語化しているが、その島にこそオーロラが降るという事実が感動する。レイキャビクのビク=ヴィークは入り江という意味でヴァイキングの語源だとヴィンランド・サガに書いてあった。

しかし書きながら思い出したいが、アイスランドに行ってどういうものを見たか、以前に私は記したもの以外にたくさんあったはずが、自分の記憶力のなさというものにやられ、四ヶ月も前のことだとほとんど思い出せん。

誰かと行った記憶ならば自分が忘れてもその人が覚えていてくれるので後から話しやすいが、私はアイスランドは一人で行ったのか。そもそもアイスランドって何なのか。本当にそれは存在しており、私はちゃんとそこへ行ったのか…みたいな安易な考えになりそうだが、でも一人だと意味がわからない感じはする。移動しながらひたすら景色を見たことしか覚えていない。あとパンのことしか覚えていない。渡航費にすべて注いだため食費は限界まで切り詰めたが、途中で1,000krぐらいのパンを食べたらマクドナルド的で美味かった。思い出したが、街中で自転車にぶつかりそうになり大声で怒られたこともあった。海外は右側走行なので歩くときも右側を歩かないと危ない。あとはレイキャビクまでの道のりを通りすがりのオタク的な風貌の青年が案内してくれたこともあった。彼はなにか言っていたが私は何を言っているのかわからず「それは英語ですか?」と下手な英語で聞いたら「英語だ」と言われた。なので翻訳アプリで英語を選択した。彼の後をついて行った。地元民のようだった。正式な歩道を行かず、車道を飛び越えあっちへ行ったりこっちへ行ったりという歩き方だった。そして私は彼に追いつけず車にクラクションを鳴らされまくった。そういうことがあった気がする。なのでやはり特筆することは景色を見たこと以外はあまりなかったと言える。やはりどこかへ行くということは移動が一番おもしろいということだと思う。

帰りはケプラビーク空港からノルウェーの空港に降りた気がする。そこからデンマークの空港へ移動し、そこで14時間?ほど待機しなくてはならなかったので椅子や床で寝た。空港に着いたのが夜の22時で次の日の15時にならないと次の便が出なかったと思う。まずは空港を一周した。それから寝た。それから起きて空港を散歩した気がする。それから店に入って土産などを見たような気がする。あとはレストランのようなところへ入ってビールを飲んでいたような気がする。それから人気のいないスペースを見つけてそこで座ってひたすらウイスキー瓶を飲んでいたらこれまでにないほどアルコールの良さを感じた。なぜか酔っていたときのことの方が鮮明に思い出せる。私はそのときhuluを起動した。それからゲームオブスローンズを見始めたら止まらなくなった。ウイスキーを飲みながらサラダ的なものを食べゲームオブスローンズを見続けており一人で幸せだった。幸福感があったのが覚えてる。でもそれは完全にアルコールのおかげだと思われる。おそらく私は自分がどこにいるのかまったく問題にしていなかった。そこが自分の部屋だろうと新宿の路上だろうとアイスランドだろうとデンマークの空港だろうと、自分はただ酔っていて、ゲームオブスローンズを見てる…という感じだった、それしかない幸福感だったと思う。帰りの便でも完全に酔っていたと思われる。行きの便で隣の男がやっていた機内食とアルコールの組み合わせを真似したからそうなった。なぜか彼が見ていた映画も真似をしてファンタスティックビーストを見た。しかし途中でやめた気がする。そのあと万引き家族を見たが、見るのは2回目だったが、やはりあのシーンで泣きかけたということがあった。あのシーンというのは安藤サクラという女優のあの演技のシーンだと思う。やはり酔っていたときのほうが鮮明に思い出せる。完全に私は自分がどこにいるのか問題にしていなかった。そのとき私の身体は北欧の雲の上にあったが、そこが自分の部屋でも良かったし誰かの部屋でも職場でも路上でも、私は変わらなかったと思われる。ビール、ワイン、ウイスキーといったアルコール物質が私の中身であったと思われる。そして映画を見てただ感極まっていただけと思われる。思い出したが、日本に着いて村岡に会い高円寺のラーメンを食べたら数日ぶりのパン以外の食べ物で感動したということもあった。それから成田空港へモバイルwi-fiを返しに戻ったことがあった。やはり景色を見たこと以外は特筆すべきことはなかったかもしれない。しかしそれが当初の目的だったので良かった。

20190909人間だいすき

そのとき村岡は「終わらせる」というようなことを言ったがあれは実は死ぬことを恐れていたのではないか。と思った。その気持ちはかなりよくわかる。だって待つよりも行くほうが良い。と思う。しかし私が思ったのはそれだけでない。と思った。

民衆の政治(意見)的な対立というものがあるが、あれは各人がそれぞれ強固なイデオロギーというものに〈自分〉を「意味づけている」のと同時に、みんなこの世界というものに正解のかたちがあると思っているので「敵」は敵に見え、「悪」は悪に感じ、「日常」は日常のような気がしておる。しかしこの世界にあるべきかたちはない、どんな戦争も平和も、ある一時代のきわめて限定された一地域の出来事に過ぎず、それは混沌のゲーム(たとえば政治的・経済的な、複数の人々が織りなす世界の、そういう、、)そういう感じに思える。世界はずっとゲームの過渡に過ぎず、ゲームには基本的にプレイヤーがいると言える。プレイヤーは基本的に混沌を楽しんでいると言える。国を興したり亡したりまた遥か彼方に超越を目論んだりする人間の想像力は素晴らしいと思う。だが世界の紛争や貧困などもひっくるめて「ゲーム」と私が書くのは生命を軽んじているのではないが、自然の狂った幾何学的運命の中においては、誰しも身体が“死んでいない”ことがすでに奇跡と言えると思う。というか、そもそも「死ぬ」とは何か? ということを、実家のポルちゃん(セキセイインコ)が死んだときも思った。しかし「死ぬ」という言葉や観念や想像と、実際に“ボディがこと切れる”こととは無限の隔たりがあるが、それは当たり前だと思う。

だから混沌のゲームは本当に素晴らしいのか? と私は思った。世界は本当はまったくの宙づりで、安定したところがひとつもなく、どこもかしこも触れられず決して掴めないヤベエ霧かくそデケエ渦のような感じがする。うわああああ‼︎‼︎ みんな発狂すると思う。なので発狂しないために人はみな舞い、そのダンスは、そのダンスは、そのダンスは、武器のように、武器のように、武器のように、自己防衛の、自己防衛の、自己防衛のための、現在への、現在への、現在への抵抗、、、それをみんな、やっておる。なので忘我は自己防衛のための手段に過ぎず、狂った現在に抵抗するために、人は舞わねば。“ダンス”とは世界を形成する文字通り社交的な振る舞いであり、そのひとつひとつの振り付けこそが“観念”というものの基本的かつ極限的な形態にほかならないような、そうでもないような。

すなわち“イデオロギー”というものである。人は「仕事ができる自分」を「仕事ができる感じ」で「見せ」たりする。しかもその振り付けはマジで社交ダンスそのもので、相手がそのように舞えばこちらも応えるように舞う、ときたもんだで。誰かが「仕事ができる感じ」の振り付けで舞いそれを相手に「見せ」れば、相手(「仕事ができる人」)は、その誰かに対して安心感を抱くのであった。それすなわち“社会人”という名のイデオロギーに自分を同化させているので、できるんだろうか。もしくはその振り付けで舞うことそれ自体が、イデオロギーとの同化とも言えるんだろうか。これまた“日本人”、“韓国人”、“中国人”、アメリカ人”、いろんなイデオロギーがあり、どれに同化するかは実は格ゲーのキャラ選択のように自由であり、またその選択自由性は、昨今のブームでもある「私には“人種”も“性別”もない」的な、まっさらになったつもりでも、それもまたダンスと言える。人はみんなそうやってお互いに舞わないと、そもそも世界を形成できないと思われる。世界は社会という言葉にも言い換えられようと思う。まさにノーベンバーズの歌詞であった。

“リズムに合わせて呼吸を合わせて

やっぱ合わないなってところ愛すのさ

ちょっといい加減くらいで別にかまわない

さあ歌おう天使たち

さあ踊ろう天使たち”

ということだった。あれは完全に世界を形成する「社交ダンス」というものだで。が、あくまで歌詞のなかでは〈天使たち〉に語りかけているというのが、週刊少年ジャンプ的な想像力で泣ける。

世界がそっくりそのまま宙づりで、不安定でむき出しで狂っていて為すすべがないことは、たしかにそれはそうだが、しかし私たちは防衛のために舞うのと同時に、またその事実をそっくりそのまま受け入れようとすると、ある意味で、「死ぬ」ということと直結してしまうような気がする。と思う。そしてそれはものすごく怖い。ノーベンバーズでこういう歌詞もあった。

“いったいいつまで

正気でいられるか

ゲームはいつはじまった?

薄着のままで

悲しみのぜんぶを

カバンに詰めて

息切らしてどこへ

運んでいこう

降ろす場所なんてない

渡す人なんていない

飾る場所なんてない

渡す人なんていない

チャイニーズレストランで

おいしいもの食べたら

すぐに優しくなれて

なんとなく虚しい

悲しみのぜんぶを

カバンに詰めて

息切らしてどこへ

運んでいこう

降ろす場所なんてない

渡す人なんていない

昨日までのぜんぶを

両手に抱えて

息切らしてどこへ

運んでいこう

飾る場所なんてない

渡す人なんていない

花に替えられたら

羽に変えられたら……”

ほぼ全部書いてもうた。しかし死ぬことは怖い。怖いと感じなければ、怖いと書かねば、怖いからこっちから「終わらせる」と意気込まねば……というか人は、怖いものに対して『対策を練る』のが好きなんだろうと思う。人は頭が良いから。だから好き。ということだろう。「終わらせる」というのは恐怖に対する対策としてはGOODだと思った。