20190117②殺害命令

犯罪。卑怯者。奴がなにをやったか見えてきた。みんなに降りかかった災いの種が開きはじめた。ころす。この代償は支払ってもらわねばならない。「俺あいつ殺すわ」と陽キャラの上司が言った。「いいっすよね?」ほんとに言った。漫画みたいだった。「殺るなら捕まんなよ」と齢66の上司が振り向かずに言った。起きろ社長。今起きずにいつ起きるというんです。仇をとってください。あなたにとってほしいんです。最初で最後の願い。奴を追え。ころせ。奴は何百人も巻き込んだ。何百万円も空ぶいた。それは公的な報いを要する。そして覚悟もなく嘘ついた。できないことをできないと知っていながら「できますよ」と平気な顔をして相手を騙し、あろうことかその顔と言葉が嘘であることを自分でも知っているのにただ怖いという意味のわからない理由でそれをやった、あいつをころしてください。それをすべての現場でやった。それをみんなにも隠し「大丈夫ですよ」と言った。もう間に合わなくなってからすべてを捨てて隠れた。反抗も達成も拒絶もしないまま大した覚悟もなく退職代行という天使の代理人の影に隠れた。罪は個人の感情というものをすり抜ける。罪は罰があってトントンになる。そして綺麗さっぱりゼロになる。介錯を要する。この世界はバランスを要する。

20190117①健康

夏のとき私は街歩いてたと思われる。ちょうど昨日ニュースで交通事故のあった新宿駅の通りだったと思われる。私は暑かった。デパートは冷房だった。人がたくさんいた。寄り添って笑う人だった、楽しそうに買い物する人、冷たい飲み物を飲んで休む人、子どもの手を引く人、という普通の景色だった。清水はこれらの光景をいつしかショーウィンドウと名付けた。名もなき影。資本の象徴。ガラス向こうの人生。ほんとにショーウィンドウなのか。でもそれらは自分と無関係な感じに思われた。「この人たちは休みのない生活を知らない」と私は思った。頭の中ではっきりと文字で書いた。その感じがこの数日では同じように見える。たぶん私はばかばかしい。夜にはふつうに家に帰る。起きるために寝る。動くために食べる。あたりまえで健康的で楽しかろうが。どうせ仕事をやめたらもっときつくなる。「社会人の人は、お金も時間もある!」とあの娘さん・プロのベーシストの人に言われて顔が可愛いと思った。しかし本当にその通りだと思った。彼女はプロだから真面目にそれをやってて趣味やポーズじゃない。だから彼女の言うことは信じる。だから私がいまやっていることはあたりまえのことでしかない。会社にいるかいないかの違いでしかない。しかし生き方はひとつではない。しかし真面目になにかをやるとしたらカレンダーの概念はなくなる。今日は17日だから動けるうちにこれとこれをやる。明日は18日だから動けない。19は半日は動けない。というふうになるからそれが何曜日なのかもわかってない。でも会社の外にいる人も同じでしかない。会社の外にいても人はずっっと何かやっている。だから休日というものはこの先はずっとないんじゃないのか。学生か義務教育のうちしか土日とかないんじゃないのか。というか最初からそういうのは無かったのにあると思わされたんじゃないのか。どっちでもいいけど私が感じているのはたぶん小澤さんの暮れたあの途方もなさというもので、だから私は急いでるんだと思う。ものすごく急いでいて早く上がりたいんだと思う。ある種の未熟さや落ち着きのなさがわかってはいるが厳しい。あと社長が倒れた。会社は死んだ。

20190116いさなとり

私はおそらくただ淋しさだけしかないんじゃないかと思った。寂しいから遊び相手がいるのに安心しているだけではないか。遊び相手は私の首を絞める無数の案件。こらこら。順番だよ。でもそれは本当に俺か。俺は結局なにしてるんだという一方でただ楽しい私もいる。今やただ楽しいだけになった。止まったらだめになる。社長は逃亡者を追及するために裁判の準備をはじめた。現場からの電話が鳴り止まず経理のおばさんが壊れた。工務内に亀裂が生じ齢66の上司は部下の謀叛をうけた。無援。孤立。四面楚歌って何だっけ。落日。みんな頑張って立ってるがキツそうだった。完全に精神力の勝負でみんな精神力がないと思った。でも「お前俺じゃねえだろ」と言われたらなにも言えない。みんなそうだと思う。お前俺じゃないというのがこんなに難しいか。理解。赦し。戦い。とにかく人がいる場所だとおもしろいことがたくさん起こる。ドリフターズが描こうとしていたのはきっとこれだろう。しかし「こん戦負けじゃ」となるのは、私たちはきっとまだだ。でも近いうちなるかも。しれない。私と私の同期はちょうど良いところに入社してしまった。6人、7人くらい目の前で辞めた。「俺だってねえ…もう嫌なんだよ…辞めたいんだよ」と電話口で崩れ落ちた工場長はまだ頑張ってる。齢66の上司へ年賀状に「今年も随時覚悟を決めますのでよろしくお願いします」と書いたら「おい、良いこと書いてあったな」「ガンガン使ってこき使ってやるよ」と言われた。それは男根の塊、だと、思った。ガンガン使ってこき…?まるで性的な隠喩のようだ。若いころ彼は獣だったのではないか。「ちくしょう死んじまった。しょうがねえから崖から死体を引き上げたんだよ」と彼は友だちの死に様を語った。その頃彼はまだ23か24か。死にたがり。考える動物。けだもの。そして「僕、死のうと思って…」と真夜中に職人に電話をしてきた逃亡者。29歳。彼が私の目の前で涙を流したあの日だ。その日彼は真夜中まで会社に残っていた。そしてなぜか職人に電話をした。「僕、死のうと思って…でもできなくて…」「わけわかんねえだろ? いきなり真夜中に電話だよ。だから仕方ねえから、俺なぐさめたんだよ」その数日後。「メリークリスマース!」と今度は電話をかけてきた彼。「俺はあいつがなにを言ってるのかわからなかった。どういうことなんだよ。何が言いてえんだよ。」とその職人は言った。そして思い出したのか、身を震わせた。29歳の彼はもう壊れていた。その数週間後、彼は行方をくらませた。数百万の負債を会社に負わせ姿をくらませた彼。世界が彼を追う。指揮棒を振るは社長。オペラ。レクイエム。よくわからない。この話のどこが会社の危機なのか。ばかばかしい。もっと真剣にやれよ

20190115葬送

上司が蒸発した。29歳だった。現場を連続で出禁になった。アニメとゲームが好きだった。現場に嘘をついた。体臭がひどかった。身体がぶよぶよだった。私の前で涙を流した。「怖かったんだ」と言った。うつろな目で遠くを見ていた。その彼が姿を消した。「奴はもういない」。と言われた。代理退職でどうのこうのという話だった。テーブルに齢66の彼がいた。28歳のようキャの彼もいた。40歳のゼネコン部長がいた。私もいた。消えた彼が残して行った案件は11個あった。齢66の上司が言った。「俺の独断と偏見で割り振っていくからな」と言った。みんなの上に厄災が降りかかった。みんな今日の一日に縛られていた。今日がズレたら明日がズレる。明日がズレたら半月がズレる。そういうなかでみんな無数の案件をこなしていた。その上に災いが降った。灰のように黒く細やかで拭いがたい感じだった。みんな頭上を見上げ、ただ避けきれぬ運命のように降ってくる無数の案件を見ている、そういう始原的な光景だった。それからゼネコン部長は目をゆっくりと閉じ、ようキャの上司は怒りに任せ齢66の上司を罵りはじめた。そして渡されたファイルを思いっきり床に叩きつけた。そしてひとりオフィスを出て行った。齢66の上司は沈黙を貫き通していた。「今ここで何を言ってもどうにもなんねえよ」と言った。人間の蒸発。そしてその霧が黒い灰になって降り注ぐ。といった感じだった。「俺も進退考えさせてもらいますわ」とヨウキャの上司は吐き捨ててた。安い給料くそみたいな社長ごみみたいな会社わけのわからない理不尽な仕事、ということだった。それのどこが私たちの人生に関係あるのかまったくわからないではないか。それは今回は性的興奮にすらならないではないか。ただ色んなことがちっぽけに感じるではないか。私は昔からまわりの人とは反対に行きたがった。昔からそうでたぶん目立ちたかった。私は自意識過剰だった。だからまわりがパニックになっているとどんどん冷めた。私は自分を特別と誤認すると射精するではないか。だが今日は何も起こらなかった。昨夏・昨秋の地獄を見て私はとうとう発狂しなかった。鈍いだけか想像力の乏しいだけか。危機感の足りぬだけかあると思われるが自身の覚悟の大小もあった。だから仕事なんて何の測りにもならないと思った。つまり仕事してる奴は好きでやってるのに文句言う。だから文句言うのが好き。すると小さい。小ささは人生と無縁。喋りすぎか。消えた人間。死んだだけではないか。降る災厄。ただの天気ではないか。しかしそれも想像力の欠如か。俺なら最初から最後まで楽しむ。アトラクションは笑って乗る。

20190113今日も4時起き

今日はあしたの前の日だった。明日は休み。私は始発。朝日があるが昇るまえのものだと思われる。遠くにあると思われる。私は電車の窓で見てると思われる。いまは夜ではなく朝だと思われる。火は赤いのはなぜか。火は電気とどう違うのか。日曜日なので人が少ないのか。今日も長いことになると思われる。しかし現場は海に面している。プラネットマンV3はWWWエリア3の奥地で出会う。そして不毛な戦いだった。アラバマシェイクスのdon't wanna fightを聴きながら戦っていた大学時代の自分はただのヒロイズムに酔っていただけだった。「あなたの境界線。私の境界線。そのふたつを交わらせないで。戦いたくない。戦いたくない。もうこれ以上は。」という歌詞は本当は戦いたがっているようにも聴こえる。お前は本当は戦いたがってるんじゃないのか。カスタムゲージが満ちる。バトルチップが足りない。次のターンまで何秒稼げる。という話だった。しかしもう時間切れだった。倒すだけじゃなくバスティングレベルをSで倒さなくてはサイトスタイルになる条件は満たされなかった。9マスのエリアはあまりに完璧な世界であると言え、過不足ない私と敵の世界であると言えた。そしてそのふたつを交わらせないで。と歌うお前は本当は戦いたがっているんじゃないのか。交わらないふたつのラインがこの世にあるのか。何もかも結論を出すには早すぎる気がする。しかしこれは考えているわけではないと言える。少なくとも建設的な考えではない。階段を上ったり下ったりして勝手に疲れているだけに思われる。ドリフターズの最新刊で私は漫画で泣いた。感動でおそろしく震える。あの要素が私にも必要か。「きままに生きてきままに死ぬ」という要素が必要か。戦おうが戦わまいが逃げても行っても無理でも死んでも狂ってもどうでもいいか。それが一番明るいか。「この世に運命も宿命もない」と言ったのが私の中で残り続けている。そうかそういうものかと私には思われる。死ぬとか狂うとか言うのは想像や理念のレベルじゃなくてこの実際の話でもっと真剣だ。だが真剣さは窮屈になったらつまらない。つまらないと困ることになる。

20190112よく喋る人

毎日毎日早く起きて何がしたいんだ現場は俺はもう考えないで文字打つ。孤独。しかしガーッとやって倒れるように眠ればその暇もあるまい。怒り。虚しさ。俺が言い返したら戦いになってしまうじゃないか!私と所長は私的な関係じゃなくて公的な関係にある。戦争になったら会社同士のそれになる。私は立場がわかってる。だから言い返したら戦いになる。だが問題はそれを相手もわかってる。お前は! 俺が若く知識も経験も足りないと知っているばかりか、戦いを始められない立場にいることがわかりながら、好んで戦いを始めようというのか。クズが。死で償え。と言ったクラピカを思い出す。なんで若いだけでボロクソに扱うんだ。思考がエレベーターみたいに自動だ。俺は機械じゃねえ。俺はビジネスマンじゃねえ。俺はサラリーの供給を口を開けて待つ怠惰なヒナじゃねえ。俺はなんだ?俺は一体何なんだお前たちに聞きたい。所長。設備屋。よくも言ってくれたな。「一人切れば肝も座る」。俺はまったくミスもサボりもしていない。「それが出来なければあいつというものに意味は無い」。俺がお前と同じ年齢だったらどうなる?お前ナメてかからねえだろ。と思う。お前俺に何言っても良いと思ってるだろ。と思う。「と思う」と書いて感情を文章化するな!歳が上で立場が上で知識量が上で経験が上だと偉いのか?と思う。凡人。もっとちゃんと俺を見ろ。と思う。怒りを感じている顔だろ!何も思わないわけないでしょう。そして我慢してる顔してるでしょう。でしょう「丁寧語」を使って感情をロックさせるな!しかも我慢してるだけじゃなくて逃げまいという意思の眼あるやろ!私も人を斬ってみたい。私も人を斬ってみたい私も人を斬ってみたい。私だってもしも新参のガキッコが無礼な感じだったら怒るけどちゃんとやってたら対等に扱うけど人を斬ってみたい。ほんとに怒るのか。怒らないんじゃないのか。だって他人だからだと思う。ちゃんとやってたら序列とかどうでもいいじゃん。。俺は一体何だと問われたら私は意味のあるものになりたい。COMPLEXを感じるそしてそれを受け入れられない。長く深い孤独感を感じる。また「孤独感を感じる」が誤文だと言いたいのか。だから言葉で感覚を表すにはそうなるんだって!お前俺じゃねえだろ。お前中身ねえだろ俺にはある。でも鏡写しじゃないか!俺が相手を理解できないだけだ。だから何度も言うように敵は自分自身なんだ。でもそうやってやってるのって我慢じゃないの?人斬れてないんじゃないの?でもなんで人を斬るの?「もう戦いたくない・これ以上は」という歌詞の歌がアラバマシェイクスにあった。プラネットマンV3と戦うときのBGMだった。(本当だった。)あ。精神に余裕がある。私ギャグ言ってる。じゃあ平気。だから平気。ならば平気。これで平気だ!大丈夫。と言ってツイッターで饒舌に病んでるふうのギャグを言う人。ツイッターってなんであんなに変な文章が多いのか。ネットに書いてある口語体の文はだいたい変で奇妙なのはなぜか。でも書いてるのは他人だった。他人を斬るのって暴力じゃないの。と思う。暴力って良くないことじゃないの。人に失礼なこと言うのって良くないことじゃないの。じゃあ耐えるのって良いことなの?え。勇気がないだけじゃないの。他人が怖いんじゃないの。知るか。本当に知らない私は。私は本当に知らない。二人が一つだったら同じ鞄を背負えたかもしれないが出会う日など来なかった。うわー意味わかんねー死。※プラネットマンV3と戦うとき私はその曲をかけていた

20190105男・女、子ども

毎日はやく起きて現場へ行っていた。会社はまだ休みだから動いてるのは私だけだった。私はスイッチを入れなくてはならないと思った。狂気のスイッチON。それとも無理をしないほうが善というものか。しかしONにしなくては。やる気や熱意じゃなくて狂気のスイッチON。なぜなら、

なぜなら人は狂っているのが本当のすがただと思われるからだった。私は昨日は例の出禁になった上司の代理で現場へ入った。取り付けを済ませた。そのあと私は身体がふらふらしていた。久し振りに5時に起きて外部の異人と喋って重たいものを運んだから身体のチューニングがズレていたといえた。もしくはネックが曲がっていたといえた。もしくは弦が錆びていたといえたので疲れていた。疲れたな、と思った。高津の町を歩いていた。道があった。道があるなと思った。長いなと思った。それから引き返して行ってラーメン屋に入ってラーメンとビールを頼んだ。テレビがまだ正月番組だった。星野源が出ていた。星野源が出ているなと思った。

星野源の新譜は凄かった。素晴らしい。と私は思った。本物。才人。まさかああなるとは。ディアンジェロ的なネオ黒人音楽に限りなく近い音作りに、日本の歌謡曲のメロディとポップソングというのが今までの星野のスタイルだった。彼は新譜ではそこに電子音を導入した。ゆえにエレクトロポップでいてブラック。しかし邦楽の間延びする情緒が素晴らしいという感じだった。EDMみたいなビートからポストロックみたいな打ち込みからより深いディアンジェロ的なグルーヴのソウルまで完ぺきな感じだった。それで星野源がテレビに出てた。私はラーメンを食べながらそれを見てた。店を出た。電車に乗った。渋谷で降りた。無数の人々のなか交差点を横切って行った。歩いて行った。ユーロスペースという映画館に入った。斬を見た。塚本晋也という人は私は山形フォーラムで野火という映画を見てショックを受けた感じだった。その人の最新作だった。斬。私は一番前の座席で見た。私だけ作業着で汚れていた。凄まじい気持ちだった。映画。と思った。映画はすげえと思った。そのとき私は確信した。もっといえばそれは確信ではない納得といった程度のものだった。塚本晋也は私は野火と斬しか見たことなかった。しかし人は狂っているのが本当のすがただということを私は再び納得した。斬、凄い。話自体おもしろい。画と演技が凄い。蒼井優はすごい。しかし見なくては意味がない。あれは見れば誰でも思うだろうが性的な話だった。はっきり言えばセックスの話と言えばいいのか。しかし一回しか見てないから上手く説明も批評もできない。する気もない。私はまさにあの刀を握る池松壮亮の肖像が自分のことと感じた。あれを見て自分のことと感じる若い男は多い。しかしあれは男の話であると同時に女の話でありまた人間の話だったが、ああいう映画というか物語は私は好きだった。ガンダムナラティブと同じくらいおもしろかった。私はボヘミアンラプソディと来る。とサーチとガンダムナラティブと斬を見たが一番面白かったのはガンダムナラティブと斬だった。やはりロボットと剣が出てこないと人生が締まらない。私は好みの問題でボヘミアンラプソディがいちばん駄目だった。しかし凄まじかった。最後のライブシーンは凄まじくまさにあのラストのためだけにすべてがあるような感じで素晴らしかった。涙が出るかと思った。しかし映画館を出たあと何もなかった。来る。は笑ったシーンがたくさんあって面白かった。サーチは一生忘れないだろう。間違いなく見て良かったと思ってすさまじく感動した。

ガンダムナラティブは、私はガンダムというものをほとんど知らないので話がまったくわからなかった。意味がわからなかった。だが私は泣いた。わけがわからない。しかし私はラストシーン、あのラストシーンだ! 「君が鳥になるのなら…」そう言って主人公が…、フェネクス! あのシーンだ!ユニコーンガンダム三号機!意味わからん! 人の願いを増幅させるマシンは人型でなくてはならない! 私は泣いた! 一人で感動して涙を流した。そして斬、だった。剣、刀。人の命を殺す武器は刀でなくてはならない。そしてそれを握るのは自分自身の手であり振り下ろす相手は他者だ!がんばれ!俺も同じだ!俺も同じなんだ!俺も他人が怖いんだ!だが握った刀は突き立てなければ!殺せ!「抜け」と言った塚本晋也の口調が素晴らしい。そうだ。あれは何重にも重なった意味の言葉だ。男が抜き、突き立てなくてはならないその刀はすでに握られている。しかしそれができぬのなら、自分という存在の意味は何だ?俺もわからない。俺は何を恐れているのか?「一人切れば肝も座る。それができぬのなら、あいつというものに意味は無い」。それが斬という映画のすべてであり、その先は、死が生であり性だということでしかなく、ほとんど獣のような領域だった。そこへ行け!とは言えない。蒼井優はなぜ絶叫した。なぜ女は男が男になる瞬間を目の当たりにしたとき、涙を流して絶叫したのか。刃を振り下ろせないのは優しいからではない。人を斬り殺せないのは命が大事だからではない。子供だからだ。