20190412頭から下

西麻布は東京人にとって聖地のようなものであるとのことだった、私は今朝になって思い返して自分というものがだんだんわかってきた、精神的に狂ってしまった人間や自身の病理に意識的な人間のほうが一緒にいるのに合っていると思った。落ち着く。私は病人の部類なのであって西麻布や六本木の看板のないレストランやクラブよりもどことも呼べない場所にいてただ思考しているほうが好きだ、小澤の友人の桜井という男彼は病名は忘れたが深刻な異常者であることに自覚的である、彼は病的な男であり、自己が断片ノイズ的に続いていく苦しみに快感を得ながらも、ただヤりたいことをヤりたいようにめちゃくちゃヤろうとしているだけにすぎないけだもの。単に私は彼のように他人に専制的にならない自己内省のある優しい動物が好きであって、だから私もヤりたいことをめちゃくちゃにヤるだけだと思う、つまり、

昨日は非常に有意義な飲み会であった、とエウメネスマケドニアの職人たちと飲み明かした翌日にそう言うシーンのように私も同じだった、私は夕方に会社に戻ってくるようにトムヨーク部長に言われた、その通りに帰ってくると、帰ってくるのに千葉の香取の現場から高速バスで3時間かけて代々木まで戻ってきた、でもちょうどその日の前には、三重県志摩市から都心まで、私は500kmの陸路をすべて見てきたところだった、500km陸路のすべて窓越しに目で食らい尽くしたところ、それでもまだ地上の距離のいくらも無いところだった、まして3時間の高速バスなど簡単だった、しかし決して短くない距離をわずか数時間で移動できる乗り物は驚異的と言える、そして会社へ戻ると夕方だった。

18時を過ぎるとトムヨーク好きの部長に飲みに行くと言われ、立ち上がると「名刺持った?」と言われた「名刺?」と私は言うと彼はふ、という感じで頷いたが、あれは私が大学生だったとき映画史の授業で「曖昧なものとはっきりしているもの君はどっちがいい?」と教授に聞かれて「曖昧なもの」と答えると彼は目尻の下がった眼差し、遠い共感、というような感じで「困難な、人生だね」とその教授と似た目つきかしかしトムヨーク部長は、まだ私という若さを懐かしむほど老いてはいなかったと言える。「何が起こるのか全然わかりません」と言うと「好きでしょ?」と彼は言った。私は口では嫌がっていても身体は悦んでいた。トムヨーク部長はドナルドトランプと同じ大学を卒業している頭脳明晰な男だった。しかし人手のことをマンパワーと言ったり仕事デキる振りしたりスペックとかいう言葉使ったりするが、実際仕事がデキるから良いのか。しかしデキるとかデキないとか私には関係ない。私はヤるだけなのが良い。しかし彼は素晴らしい人物で一緒にいると楽しい。タクシーで西麻布の交差点へ行くと看板のない建物の地下へ降りて行ってそこが焼鳥屋だった。そこにトムヨーク部長の元上司の男がいて、彼と名刺を交換すると私は名前の聞いたことのある人だった、大手設計事務所頭目の一人だった、詳しい役職は知らないがああいう人間は初めて見た。スマホを二台持ちながら話しながら焼鳥を食べて酒を飲みながら仕事をしていた、彼は齢46を越えるところかまだ若かった。私からすると年老いていた。眼鏡をかけており傲岸不遜な態度だった。鳥の部位をメニューも見ずに注文するとカウンターの向こうで職人がこちらを一瞥もせずに頷いた。「あとヤングコーン」と彼が言った。ヤングコーンを皮ごと炭火で焼いたものを初めて食べた、人生で一番美味かった、そしてそぼろ丼が味わったことのない位相の高みを知る美味しさだった。そぼろ丼は最後に出てきた。どういうものかと言うとご飯の上に細切りの海苔が米粒が見えなくなるほど敷きつめられており、その上にとり肉のそぼろが、茶色く煮詰めたものではなく、だし汁のようなもので薄く煮付けたものの上にうずらの生卵が乗っていて、そぼろが軟骨が練りこんであって噛むと肉と一緒にコリコリするのに感動した。「うま、うま」と言いながらその重役の男は食べ、いつもその店で食べているらしい、なぜその人と会うことになったかと言うとわからないが、トムヨーク好きの部長が彼に私を紹介した、トムヨーク部長の良いところは、少し私と似ているところがあるというか、社会人とか遊びとか友達とかあまり線引きしない。のかもしれない。「英雄性の話してくれ」と言われて私は恥ずかしかった、昔はそういう概念を力説していたかもしれないけど今はサチモスの新譜を念頭において、英雄ではなくアニマルであることを自身の生物的なメルクマールとしていた、つまり今ここでこんなに美味しいものを食べているということ自体が射精ものの快楽ということだった、だが私は、知ったかぶりをして大げさな身振りを使って話してしまった。それが今は悔やまれる。だがアニマルが過去を悔いるか。だからなるべく私は悔やまん。私は古代ギリシアでは世界は二分されていた!そして奴隷や女子供はプライベート私秘的な空間に隠され真の英傑たちだけが永遠への到達の可能性を保持したうんぬんかんぬん、と、はっきりと誰でもわかる恥ずかしさだった。全部ハンナアーレントのパクリだった。思想というものは自己が寄りかかるのに役に立つ幻想だが危うい。というかキモい。だけどアニマル至上主義すらも危うい。きもい。もう何も考えたくない。自分の頭がきもい。頭から下だけが、美しい。その後に六本木の会員制のクラブやパブや最後に海老そばを食べさせてもらったが記憶がまったくない、が、恥ずかしい。海老そばが美味しかった。キャバクラは現役モデルが接待をしてくれるところだった。私は桜井のほうが人として美しいと思った。だが知らないことを知るのは素晴らしく、見たことのないものを見ることは素晴らしかった。すべてトムヨーク部長がもたらしてくれた采配だと言え、良かった。その後パブで彼はトムヨークを歌おうとしたが諦めて山崎まさよしを歌った。

20190411ヤるかヤらないか

私は親戚の叔父さんがジムをやっていると聞いてジムへ行った、そしたらそこはゴールドジムだった、小さいジムかと思ったら明治神宮前駅からエレベーターでフロントまで直通している会員制の武僧寺“ゴールドジム”だった、親戚の叔父さんはそこまで仲良くないが、父方の祖母の兄弟の娘婿、齢50を迎えるところか、私はそれまで一度しか会ったことがない、昨年の夏に新潟の実家へ叔父さんの一家が遊びに来て、娘さんたち、高校生か大学生の美人な双子だったかの姉妹もいっしょに来た、また性欲の話になるが、なぜなら人はそこにいる以上一個の身体なんだから、そこに二人若い女性がいれば、一人だとしても、若かろうとそうでなかろうと、また女であろうと男であろうと、ギョッとする存在のエロさを感じずにはいられないではないか、わからない、とにかく叔父さんがそのとき今度ジムにおいで、一緒にサーフィンしよう、と私は言われて、家系に入ると他人じゃなくなるから、仲良くなるのがスムーズで便利だと思った、しかしこれは本当のことだと思う、他人とコミュニケーションするのに必要ないくつかのステップを全部すっ飛ばして会いに行けるから私は便利だと思った、でもなぜ人間は他人や身内の線引きに固執するのか、そしてジムへ行ったら本物のジムだった、受付で招待パスだけ渡されてあとは放置された、私は叔父さんを探してフロアを下っていった、私は彼と会うと顔がうろ覚えだったが、実家の居間で見るのとやはり印象が違いこんなに恐ろしい見た目だったかと思った、齢50を迎えるところか、背は私とさほど変わらずとも彼から立ち上る肉体の覇気というか凛とした空気が体幹に火のように宿っており、髪は一切後退せず短く灰色に切りそろえられており短パンの裾から見える太ももとふくらはぎが木の幹のようであり、顔や首に不要な肉の一切付いていないやや日焼けしており眉も切りそろえられており清潔感があり歯が白く、目は優しげで血は繋がっていないが私と喋り方が似ており、しかし眼光には予断を許さぬ厳しさがあり、私が世の中や人生をギャグとして見るような甘さや緩さはあまり感じ取れず、不断の努力を感じさせる強硬なボディはしかしまだ最上の快楽への途上であるようにしなやかでもあり、細いけど固い強いという身体であった、身体を温めてこいと私は言われ、もう少し具体的に教えて欲しかったけどとりあえず走ればいいのかと思い、ルームランナーの機械で20分くらい走っていざマシンの下に降りると地面が止まっているのに慣れずまっすぐ立てなかった、あとルームランナーの機械は初めて乗ってわかったことだが、地面がずっと勝手に動いているというのは、普通に外をランニングするのとまったく違う、どちらかと言うとマシンで絶え間なく一定のペースで走らされた方が疲れない、そして効率が良いと思った、叔父さんのところへ戻るとじゃあ次はストレッチしてきてと言われ、やり方をそんなに知らないから、何となくで戻ると、腕、背中、腹、足、肩、の順番で何セットかマシンでトレーニングさせられた、させてもらうと、家で筋トレするよりずっと楽しいことが判明した、おそらく純粋に家にない遊具で遊ぶという意味においてジムは楽しい、そして私は、そう考えると、身体をそうやって動かしていると、あたりまえだが、動かしているあいだはそこまで考えないが、やはり私の思考はこの身体が行うという意味において、昨日の私と今日の私は根本的に違うということを感じるような、気がする、

私はこれまで、というのは数週間ほど前まで、金は必要ないと思っていた、人生のうちでやらなきゃいけないことをやるしかなくて、それで力尽きたら万々歳で、生きるためや生活するために金を稼ぐのは生命に矛盾する延命行為だと思っていた、だから金はいらないと思っていた、リスクとリターンは等しくその途中で死んだらラッキーだと思っていた、だから結局私は、ずっと人生を楽しんでいるつもりのギャンブル趣味の人間だったかも、しれないと思った。でも本当にやりたいことをやるには、まずヤりたいことというものを自覚するには私は一匹のアニマルとして意識を開く必要がある、齢66の上司のように、サチモスの新譜のように、あとビースターズという漫画のように、そして本当にそれをヤるには、ネガティブな空想や自己中心的な連想を振り払って、あくまで一匹の動物としてそれをヤるには!、一つの手段として金が要る、ということを受け入れる必要があるような、ある種コツコツとやることを受け入れる諦めのようなものか、そういう物事をヤるための手段をいくつも手にしていくプロセスを引き受ける覚悟というものが、物事をヤるということには必要なのだと、考え方が変わりつつある、それはお金のために働くこともやむなし、とよくある社会人のようなことを言いたいのではなく、しかしそういう意味でもあることは否定できぬ、なぜなら自分の人生をコントロールするには多かれ少なかれ、なるべく少なくしたいのが希望だが、社会的で経済的な要素が必要になってくるということが、ついに私には逃げたり拒絶したりせず受け入れられたようだ、社会人になってしまったか、と言われたら否定はしないが、おそらく社会には外も中もなかろうというのが私が働いてみて気づいたことであった、アナキズムのように仮想敵を必要とする考えはよくわからなくなった、なぜか私は変わってしまった、ほんとうは支配者も被害者も別にいないんじゃないかと思うようになった、だから働こうが働かまいがどっちでもいいが自分がヤりたいことをヤるなら、そのための手段を得るために考えて動かないといけないから、めんどくさかったりだるくても、そこは頑張ったほうがイキイキ振り切ることができると思われる、ふつうだったら皆すでに周知の事実かもしれないが、私は自分では少し遅れて気づいたのか、知らないが、だから知らないことや見たことないものや食べたことないものや、聞いたことないものや感じたことのないこと、そういう未知の危険なほうへ賭けて突っ込んでいくには、ある場合手段として金が要る、あと体力と気力。読書や創作のことを投薬とか言ってないで、かと言って「気ままにやりたいことやろう ♪」など無神経なこと言わずして、ヤりたいことヤるンだと動物的に述べたい。

さあ踊ろう ポルちゃん

セキセイインコは軒なみ音楽に反応すると思われ、メロディよりもチチチというシンバルの音や打音に反応する思われ、より過剰なドラムンベースなどは好まれる。でも詳しくは知らない。チャールズロイドカルテットはキースジャレットがピアノなのでよく聴いている、が、ジャズは歌がないので自由で良い。私はいま“現在”という時点を持ってして、三重県志摩市という地点から東京都心へ移動する。いまは14:34という時間なのでアパートへ着くと19:20を越える頃、になる、と思われる。私にとって非常に遠くまで来てしまった。私がどこかへ行く、移動するということは、私の身体はつねにそこにあるはずだが、「遠くまで来た」と思うのは何を基準としているかというと、やはり、アパート、、しかし田んぼに水が張ってあるのを見ると激しい郷愁に駆られるというものか、ポルちゃん。この前も三鷹ハードオフで小澤と会ったときも「雨の匂いが…」と言って私が懐かしさを感じていると彼は諌めるような「やめろ」みたいなことを言った。早く家へ帰って曲を作りたい。曲は小説と違ってすぐ出来るしコードをパクってもメロディさえいじれば盗作にならないから簡単なのが良い。小説は本当にめんどくさい、誰も読まない、私も読まない、文字がうざいから、あと書き言葉にすると人間の考えることはすべてウザいことが露呈する、それにくらべて音楽は素晴らしい、頭に残らず胸に残る、そう書いたらちょうどシャッフル再生でポールマッカートニーのno wordsという曲になった、言葉はいらないよ〜という歌詞だったか、三重の人は関西弁に似た訛りで生の方言は萌えると思った、しかしそれは性欲の話、であって、性欲はまるで、画家のフランシスベーコンが「人間の神経組織はきわめて楽観的なもの」と言ったように、どんな暗い状況であれ馬鹿な要素を失わないから、大事というかもっと性欲について言及していくのは必要だと感じる。私はどんなに頭が疲れていようと、暗い気持ちでいようと、たとえば誰か何かの死を目の当たりにしようと、ちなみに今日の私はきわめて元気だが、たとえば特急券を買う駅の窓口でとなりの窓口で若い女性が「え?これここまで買えばええんですか?」と困ったような声で方言の訛りで言うのが聞こえてくるとつい見てしまう。それで横顔が髪で隠れていてどういう顔か見えないが髪を染めているのがたぶん大学生なのか、無意識的に髪に触りたいや見てみたいやもっと聞きたいや脱がせたいやひん剥かせたいと思っているに違いないのに、私は見ないようにして通り過ぎるのがおかしい、どんな状況であれ性欲はほとんどオートマチックに機能している、そしてあまりに自然に機能しているので私自身も気づいていない、駅の階段で「あパンツ見えそう」となってもそう思っている自分に気づくとすぐ社会的な態度をあらためて視線を落とすのがおかしい、だが性欲はそうやって社会的に抑圧されてこそますますエロさを増すから良い、見られてはいけないもの、聞かれてはいけない声、感じてはいけないこと、しかし抑圧が抑圧自身の自重に耐えかね途端に表に裏返るということもあるのか、何を言っているのか知らん、しかしエロさは越境も反転もせず、半永久的に達するか達しないかをイキキするのが本当のすがたであって欲望の反復運動と似てる、しかし神経組織に忠実であるということは言わんや楽観的なアニマルとして在るということでもあり、アニマルとして在るということはもう少し自分の性欲に意識的であるということだと思う、なぜかというとそれは倫理でも哲学でも何でもなく、ただ単に私の目に映るこのライブと映像と想像の世界を根本から楽しくさせるために必要な肉体的な要素なので、、と説明すると遠ざかってしまうか。チャールズロイドカルテットのサンセットという曲のライブ演奏でキースジャレットのソロのシーンが3分を過ぎたあたりからコロコロコロキラキラキラキラ!という水の上を光が転がるようなピアノの鍵盤がコロコロコロコロキラキラキラキラ!と本当にこういう音がする!それが耳から頭の中に入って脳内ピンボールかパチンコ玉のように打たれまくるようになる、一音一音、鍵盤を指で打つのをおそらく高速で繰り返しながらキーを上ったり下ったりしているのだろうか、むずかしいだろうコロコロコロコロ!と転がり落ちては上がるようなきれいな音をピアノで出すのは難しいだろう、音楽ではっとする瞬間は本当にそのときそれを聴いている者にしかわからない、こうやって言葉で説明しようとしてもわからない、言葉で説明できない何かを言葉で表現しようとする挑戦が文学なのだとしたら、それを言葉にする前にひたすらそれについて考えなくてはいけないのに、言葉でなにかを表現したい人はすぐにその努力を怠るような・そうでもないような、R.E.M.のマンオンザムーンという曲は、少なくとも私は、その曲がはじまるその音を聴いた瞬間に、記憶がはじけるようなハッとする感じを覚えるので、私もこういう曲を誰かと作ってみたい、R.E.M.が最終的にザットサムワンイズユー“あの人は君”(たぶんそういう意味だと思う)、ああいう曲を作って解散したように、ああいう曲を誰かと作ってみたい。こういう景色を見ていると懐かしくなる。早く家に帰って曲を作りたい。懐かしく思ってるより新しいものを作ったほうがポルの代わりの私のためになるということだか。

さあ歌おう ポルちゃん

いろいろなことがあった。すべて過ぎ去ってしまった。今日と呼んだり明日と呼んだりするのは何を?ということで、じつは時間を区切っている。ならば昨日、そして半年前、それから一年、二年、三年、四年、五年、六年、七年、八年、九年、十年、10年。10年前は西暦で呼ぶと2009年ということは2010年の少し前くらいだったかもしれない。そのころ私は新潟の家、生まれたところは東京だったが育ったところは新潟の家だった、その家にセキセイインコがまた一羽、それがちょうど2010年少し前くらいだが、そのころ来た、身体が白く頬が青いセキセイインコ名前はポルちゃんだった、そのポルちゃんが一昨日死んだとのことだった。死んだ。と書いても、死は「死」にはなるまい・というと、どういうことかと言うと、死ぬということは本当に不思議なことだ。ということだった。私は。奇妙なことだ。死ぬということは冗談で言うときのほうが本当のようだ。本当に誰かが死んだときに死んだと書くとまったくピンと来ない。私は清水が入院したとき彼に何と言ったか、もしかしたら死ぬかもしれない彼に向かって、私は幾千の感謝と敬礼を送った、それはそれ自体が冗談だったが、真剣だった、私は身の回りの誰かが死んでも覚悟ができているつもりだった、でもそのとき私の頭のなかにあった死はちょうど冗談で言うときの「死」たとえばそれは戦争などのなかにある装飾された死であって美的にスベっていて、なにが言いたいかというと、誰かに本当に死なれると私も誰もなにも言えまい。ポルちゃんというと略称であり正式にはジャンピエールポルナレフをそのまま拝借した名前だがそんなことが重要か、重要なことはポルちゃんは死んでないということだ、と言っても狂った目で見られるだろうか、しかし本当にむずかしい問題だ死というものは、なにより悲しい。悲しいと書いても嘘になる私は。私は本当のところ不思議だ。不思議だ、ということが頭のなかを占めていると思われる。死んだということはどこにいることになる、私はここにいて新潟から遠く離れた、ポルちゃんはセキセイインコで羽がある、羽がある、というところに注目するとすぐに重力のイメージと結びつき「さあ踊ろう天使たち《エンジェルス》」ということになる、つまりポルちゃんの死にヘンな意味が生まれる、でも死は生物学的な意味で純粋に死であってナマの肉体が血が通わなくなり心臓も止まる、動かなくなる、そこにポルちゃんはいなくなる、ポルちゃんの生肉、鮮やかな毛色、でもそこにいないと思うのはポルちゃんがもはやわれわれの呼びかけに応えられなくなったからか?生きているときは「ポル」と呼ぶと嬉しそうに「ポルポル」と喋って止まり木からジャンプして飛び回り、母が教えた「ポルちゃんおりこうさん」という言葉があったが、これは混ざって「ポリ、ポリちゃんオリコ」と混ざったので「ポリ公、ポリ公」と私は覚えさせた、しかしこうやって動物(愚者はペットと呼ぶが、賢人はアニマルと呼ぶ。われわれもそこに加わる)の死についてああだこうだ、ぐだぐだ哲学している風に書いて、記憶や思い出と繋げて「ああ不思議だ,ああ不思議だ」馬鹿みたいに文学のモノマネをやっていると保坂和志みたいかな? そう言っている自分が馬鹿なのかな? なにと戦っているつもりなのか、もう敵は必要じゃない、それよりも音楽、音楽音楽音楽、音楽だけが心の欲するところにある、そしてそこにポルちゃんがいたら嬉しい。音楽は非常に不思議で「死んだらどうなるんだろう」や「死んだらどこにいくんだろう」ということにとても深く関わる、気がしてどうしようもない、音楽が音楽だけが私たちをアニマルとして生かし思考させまた死なせてくれる、そしてその次を祈らせてくれる、だから音楽も死も、意味なんてなくて、鳴っているだけ、いなくなるだけ、照らしているだけ、見えなくなるだけ、とは言っても見えないものなどふだん無数にあるではないか、見えるとか見えないとかおかしい話だ、だから見ることは楽しく見えないことは楽しく不思議であり見えないものは心や音楽「心は音楽のあるところにある」とキースジャレットが言っていたのを理解できる、私がポルちゃんが死んでも死んだことにならないと思うのはその言葉にどこかで深く繋がっている、ように思うのが強く、強い思考は思い込み、妄想、錯覚、そして祈りや信仰になり、下手すると具現化する。村上春樹が小説ではなんでも起こせると言っていたがそれは小説家という職業として仕事道具の用途やスペックについて具体的に説明しているのではなくて、まあいいか。村上春樹は読んでいて楽しい。読んでいて楽しいものだけが楽しい。そして音楽もまたしかり。死ぬといなくなるように思われている。でも死んでも死んだことにはならないと思う。私たちは誰も死んだりしないんじゃないかと思う。でもまさにそうやっていま使った「死」という言葉がイメージでしかない、もしも周りの誰かが死んだらなにも言えまい、悲しみをおぼえるか予想もできまい、「悲しい」と断言する人もいるだろう、涙を流すかもしれない、でも私は馬鹿だからなんで?と聞きたいかもしれない、でも私も涙を流すかもしれない、私は本当に悲しい思いをしたことがない。

これは言い切れるかもしれない。私はほんとうに悲しい思いをしたことがない。だから悲しみというものがわからないでいる、涙というものがわからないでいる、死というものに対して泣いたことはある、あるに決まっているが、ポルちゃんがうちに来るまえにも私は小学生のときだがセキセイインコがいた、そのクーちゃんが死んだとき、その前にソーちゃんが死んだとき、どれだけインコいたんだよという話だが、私は非常に鳥に好かれるという性質があったが、指が長いから芋虫に見えたのかもしれないが沖縄で知らない野生の鳥に向かって指を動かしたときも近寄ってきたが、それは昔のことか、しかしわからないことは考えてもしょうがない、私はそういうことを突き進めていきたい、わからないこと「死」や「悲しみ」や「過ぎたこと」うんぬんかんぬん、わからん! わからんと断ずることとそれをどうでもいいと思うことは違うのであって、私は決して死や悲しみをないがしろにしたりしたくない、ただいつまでも学生みたいにそこでうろうろ哲学しているフリ・文学しているフリ、それはひいては悲しんでいるフリにも繋がる気がしてならないのが、どうしようもない、嫌だと思う、なので私はもっと世の中の広いところへ出ていきたい、と言ってもあくまでもたとえばポルちゃんと共に、ということだろう、ハートフルに言えば。しかし私がいまそうやって言えるのは、ポルちゃんの死が、直接的に私にショックを与えてないから、なぜなら遠くの新潟でそれは起きたことなのであって、私は東京にいるから、つまりほんとうに目の前で死が死としてあるときに、そしてそれが言語化不可能なショックとして自分に刻まれたときに、同じように「悲しんでるフリ」など、軽口が叩けまい。だが私が「悲しんでいるフリ」と言ったのは、純粋にもっと自分に酔っている人がやるあれのことで、それは上手く説明ができるだろうか。むずかしい。

いや、しかし世の中は本当に広い。しかしそれは当たり前のことだ、われわれは一個の身体で一個の視点のみで一個の地点にしかいられないから(ネットがそれを変えるが)、「ここ」で起きていること、いまこれを読んでいる人が画面!出た!画面!電子画面!それから目を上げて見てみるとその景色は誰にも共有できないその人だけのもの(でもカメラがそれを変える)だが、だからこそ、その視点だけを基準にして、いざそこから離れてみると「世の中は広いな〜。こうしているあいだにも外国は夜なんだ。」と思うが、それは何と、当たり前のことであって、むしろこの限定された一個の身体があるということ自体が不思議ではないか、そしてそれがいつか動かなくなることも、それはふつう死ぬと呼ばれるが、死ぬと身体の機能が動かなくなるのが、まさにスマホやカメラやパソコンが壊れるのと同じで、不思議だ、なにを不思議がっている。知らぬ。

だけど本当に不思議だぞ、ポルちゃん。ポルちゃんに言ってもわからないだろうが、この景色を見てみろ、もう見れないだろうが、私が代わりに見てあげるか。たとえば私はさっき戸田の建設現場にいたが、一階は吹き抜けになっていて西側に女子便所があり向かいの東側に男子便所があった、男子便所は現在作業員用トイレで残されてあったので寸法を採るのに苦労した、しかし寸法というものは、ポルちゃん、じゃあ二階に上がって見てみるとする、二階に上がるには階段が吹き抜け入り口面に螺旋階段がひとつ、しかしこれは二階までしか続いていない、三階まで行くには裏口事務所?のところの階段かもしくはエレベーターを使えば行けるが、三階まで行くと、民族資料館入り口の脇にトイレがあり、そこに男女とも既存の洗面が撤去された間口があるので、そこから寸法を採らねば、f:id:afuafuakanechan:20190408140540j:image

これは男子便所のほうの間口であって、壁にふたつ穴が空いているだろう、これがカメラというものでこれは私の目が見た映像をもろもろの光のデータ?もしくは光をデータ化?して、むかしは単にフィルムに焼き付けるだけだったのが、いまはこうやって瞬時にデータになって私の目はさらにネットの海に近づく、この背壁のふたつの穴が、それぞれ給排水管であって、しかし床からまた緑色のガムテープで塞がれた管が立ち上がっているのが見えるだろう、じつはこれが給排水管の本体であって、背壁の穴はどうやら撤去されるまえに通っていた過去の給排水管のものであるようだ、

たとえばこの床に立ち上がった排水管は、背壁から380mmあるが、これは数字だけの話ではない、建設業なんてだけの話ではない、仕事なんてだけの話ではない、ポルちゃん、君がかつて存在しまたこれからも私が代わりとなって見続けるこの世の中の話というものであって、じゃあこの380mmってなに? この数字はすごく重要で大切で、数字がなければ人と人はこの排水管について話し合うことはおろか、この世の中は成り立たない、ことばがあってはじめて人間が世界を認識できるように・数字があってはじめてその認識される世界が人工的につくられる、つまり街とか、建物とか、ポルちゃん、言ってもわからないだろうが君の住む鳥かごは、われわれ人類というアニマルが叡智を結集して創ったものだ、それは計算し設計し作図したものをもとに人間が地球の物質を加工して、新たに創った人工物、その機能性と立ち姿たるや、セキセイインコには好奇心という概念も言語もないだろうが、しかし私がポルの代わりに続きを生きようとするのは、私が人間というアニマルだからだ、私はその点に関して誰にも釈明するつもりはない、私は私がアニマルだというその先は考えまい、考えても良いが、機材や照明の心配よりまずはライブを楽しめ、という精神で、私は言語と数字とイメージとで映写されるこのライブ、映画、物語、を楽しむとすると、やはりポルちゃん、寂しくとも会えずとも、その先の楽しさというところへ一緒に行ってみるとするか、しかし死者へハートフルな祈祷を捧げようとするのではない、わたしはアニマル、アニマルとして考えれば、死者へ語りかけるのは葬いとは無縁のものになれば、いいな、という願い、願い、人の願い、そう言うとまたノーベンバーズの新譜につながってしまう、

しかし私はこうやって考えているあいだずっと動きつづける景色を見ており、それがこうやってわたしというアニマルに見る快楽の刺激を与える、名古屋近鉄に乗りつづけ、これからホテルへ前乗りするのに、はじめて見る景色だけが延々と続いていくのに、しかしポルは鳥かごの中の方が好きという性格だったので、そもそもセキセイインコには方角という概念も緯度経度の概念も国の概念も、海や陸という概念も県や市町村という概念も時間という概念もないので、「ここがどこか」などというものもないかもしれん、野良猫もそうでだから猫たちは人の家のベランダでも平気で入ってくる、しかしそもそも「わたしの」「アパート」というものの考え方自体が不思議だが、そう、だから人間の考えることは面白い、四日市に到着した。

いま私ははじめて見る街があり、これはすべてが人工物なのが、ビル、またその窓、鉄骨、またいまは四日市から離れ、田畑、電柱、道路、ガードレール、パイプ、看板、電子看板、服を着る人、その人の服、靴、カバン、帽子、田畑の水など、また植木、庭、屋根の瓦、電車! ホーム、駅、点字板、どこなのかここは、田畑、神社、川、浄水タンク? 自転車、配電施設、家、クルマ、果樹園的なもの、色で見るとさまざますぎて言葉で言えない、そして景色がすさまじく速い、電車だから、桜、駐車場、建造物、建造物建造物、すべて人工的なものなのが、その事実が、あまりにも人間のマメさ、凝りすぎなところ、またいい加減さも垣間見えるのが、よく「どこまで行ってもこの世界は同じだ」という考え方?セリフが、若い主人公の内省を描く作品で出てくるが、それをわざわざ時間を割いて書いたり考えたり作っている誰か人間がいると思うと、サチモスに言葉を借りると「you are not animal」となろうて、かと言って人間でもない、ただのよくある不憫な残滓に思う、どこまで行っても世界が退屈だなどと思うのは可哀想だが、私たちには関係なかろう、それぞれ自由でどっちが良いとか悪いとかもない、だってアニマルだから、

だけど遠くへ行けば行くほど、

 

いや、遠くと私が言うのは、私はいったいどこから見てるんだ?雑司が谷の家から?いや、ふつうそうか。だって帰る家だから。…? なんで家を基準にするんだ? でも遠くに来ている感覚がどんどん強まってきてそれが気持ちよさ快楽になっている。気持ちよさは快楽であり清々しい気分になる。いつも暮らしている生活、東京都心の生活、から見て、私はいまここを「遠く」と判断しているのか? じゃあなんで東京都心にいることが私にとってふつうになっているんだ? べつにふつうじゃないのに。毎日そこにいるから?毎日そこにいるとふつうになるのか? 単純にいま見ているものが初めて見るものだから気持ちいいのではなかろうか。地形も世界イメージも広さを知ると快楽になるけど、それは良いことだけど、そろそろ津に着く、私は席を立って、

同じホームで乗り換えて、

ホテルへ着いてまた出てきた。雨が降っていて風が強い。

380mmとは数字だが、なにを表しているかというと、背壁↔︎排水管の芯までの“距離”だ!  距離、かっこいい概念、その距離が、たとえばその排水管は60φだ、円の直径! 円、距離、直径、しかもそれは机の上にある(問1.)というような教科書の問題ではなく、この現実のなかに突き出ている物質の実測値だ! しかしそもそも教科書とはそういう現実の奇跡をあらゆる理論の魔法陣で現出せしめる導書であるはずだが、現代では多くはテストの点数になった、けどそれは私たちに関係ない人たちの話ではないか、それよりもいまは、つよくつよくイメージしてほしい! 木の板で四方を囲った枠があったとする。棚やげた箱の仕切りでも、木のまな板でも、単純にベニヤ板でも、それを4枚、四方を囲うようにあわせると、木の枠になる、「部屋」のような空間をつくるときも同じ考えだが、いまはその木の枠が、横幅が1190mmあるとする、対して奥行きは430mmあるとする、高さは120mmだとする、ちなみに板一枚の厚みは20mmだとする、それを、

上記に写真があっただろう。カメラで撮影した写真と呼ばれるものが。私の目が見た映像が。その写真の間口は1210mmだとする。つまりあなたがイメージしたその木枠は、その間口にすっぽり入るようになっているということだ。そして床から配管が立ち上がっているのが見えるだろう。その配管60φは背壁からその芯までの距離が380mmだ。木枠自体の奥行きは430mmだとすると、その配管はイメージされたその物質にぶつかるだろうか、避けられるだろうか、ぶつかるとしたら何mmぶつかるであろうか、避けられるとしたら何mm余裕があるだろうか、

避けられないとどうなるだろうか、正解はガツン!とぶつかる。ということだ、ぶつかるとどうなると思う、入らない。それは消しゴムで消せないから、削除キーで消せないから、それはそもそもどうやっても消せないのであって、直すことしかできない、排水芯の位置を直すには床を壊す必要がある、床は写真で見るとコンクリートになっている、コンクリートを壊す魔法の機械は存在しない、外に出てみたら自分が歩くコンクリート道路を自力でどうにかして壊そうとしてみるとよくわかる、単純にコンクリートの地面に対して穴を掘ろうとするということだから、ドリルであろうと手であろうと、手は無理だけど、人が何時間もかけてやる労働になる、粉塵というものは吸い込まないようにマスクをしないといけない、全身はくまなく真っ白か灰色になり、音が凄いので耳栓もいるかもしれない。建設現場というものはそういう場所で、とにかくこれ以上シンプルにならないことばかりで構成されている人間世界のひな型のようで、でも街もすべてそうやって作られている、そうやって、ほんの数ミリわずか2,3mmの狂いや正しさや遊びがいくつもいくつも集まって大きな距離や時間になっていて、この電車の線路もそうやって設計施工されているはずで、この速さと凄まじさはそうやって無限に引き延ばされた1mmの集まりであることはあたりまえか

20190404方程式

私は昼過ぎに会社に行った。昨日現場寸法より採集した内寸736を基準にR部材を製作する旨伝えた。Rというのは湾曲していることを表すがどういう頭文字かというとラウンドかもしれない。その後新規案件について早急な打合せ求む旨先方の所長へ電話しアポ取った。アポと言うと馬鹿なビジネス用語だと思われるかもしれないが響きが良いので好きだ。アポ。それから図面を作図担当のお義母さんへ送った。その方の娘さんがプロのベーシストで私は会ったことがあった。話すときに前のめりで目をかがみこんでくる。熱い。小動物的な上目遣いではなく熱い上目遣い。熱っぽく真剣で自分を奮い立たせる知恵と勇気と弱さを持っている。たまらん。

私は月曜日は会社の新入社員歓迎会だった。私は会社から会場のホテルへ歩いて行った。17時半になると社長の老人が席を立って「さあ行こうや」と言った。陽キャラの上司は無視して仕事をしており営業部長の初老の男もそうだった。齢66の上司はゆっくり準備しはじめ私もそうだった。設計営業のトムヨークが好きな部長は外から直接会場へ行くとのことだった。設計営業の女子たちはすばやく準備をして社長といっしょに会社を出て行った。私は齢66の男とふたりで会社を出て何となく歩いて行った。電車に乗った。どこで降りるんだったかと彼が言って私はわからないと言った。同じ車両の向こうに設計営業の女子たちと経理のおばさんが乗っていたのでついて行きましょうと私は言った。そして彼女たちについて行った。それからホテルへ歩いて行った。会場へつくとタバコ吸うぞと彼が言ったのでついて行った。私たちは何となく話していた。その様子を言葉じゃなく映像で見てほしい。こんなに歳が離れていても、心は通う。それから私の会社のケータイに陽キャラの上司から電話が掛かってきた。「はじまるよ」とだけ言ってプツッと切れた。私たちは戻ると全員席についていた。「わりいわりい!」と齢66の男は大声で笑って席へついた。それから社長の老人が立ち上がって喋りはじめた。陽キャラの上司は無視して「ビール。4本、いや5本。」とホテルマンの男に告げた。それから社長を自称する老人がカンパイの音頭はクマちゃんだと言った。私は注目を集めて焦ったがカンパイと言った。クマちゃんカンパイとトムヨーク好きの部長がテーブルの向こうでなじるような目つきでグラスを上げた。なじるような目つきはおそらく冗談でやっているが私の音頭の落ち度をフォローする役目も果たしていた。それから私は席を立って食べ物を取りに行った。刺身、マグロ、鯛、あとは知らない食べ物から優先的に取って行った。私はその日は昼を遅めに食べたので腹が減っていなかった。

私は書き忘れていたが新入社員の人は女の子が一人だった。山形の米沢市出身だと言っていたが私は今日まで一言も喋ったことがないのでどういう人なのかわからない。私は会社にいる時間が短いのでまだ姿をちゃんと見てもいない。そのホテルの会場にはいたが彼女はスーツを着ていた。私は右隣に社長がいて左隣に作図のお義母さんがいた。目の前にうるさい先輩の女性社員がいた。左ななめ前に経理のおばさんがいた。右ななめ前に齢66の上司がいた。彼のとなり、私から見て遠くへ行くとトムヨーク好きの部長がいてその向こうとなりは陽キャラの上司がいた。そこまで行くとテーブルの端になる。陽キャラの上司の前に私の同期の女子社員がいて、彼女のとなり私のこっち側へ来るとその新入社員の女の子がいた。しかし私とその子のあいだに死に体である社長がいたので私はそれが壁になって新入社員の見た目もいまだによく知らないということだった。私にとって経理のおばさんと作図のお義母さんはいっしょにゴリラズのライブを観に行った仲でもあるので音楽の話ができて嬉しかった。私は右ななめ前の齢66の男と外国の自然の景色について話を聞いたり左の婦人たちにバンドを組んだ旨を伝えて音楽について話し合ったりしていた。社長は誰とも喋っていなかった。その日一度彼と話したときは、彼は70年代に一ヶ月ほどドイツで研究をしていたとのことだった。私がベルリンの壁は見たかと聞くと彼は見なかったと言った。そういうのには興味がなかったそうだ。80を越える男に昔の話を聞くのは胸の踊る経験だと思うだろうが人にはさまざまな種類があり社長から興味深い話を聞き出せる割合は少ない。ドイツで彼が行なっていた研究もガラス窓の耐久性についてのことであるがたしかに詳しく聞いていけば面白い話ではある。しかし社長がいかに狭い一本道でひた走ってきたかという努力と栄光とある種の不毛さしかそこから聞くことができない。社長はオリジナリティのある人間ではないうえ戦後世代の内面の欠如した強さと退屈さを結晶のように練り固めた人格なので無念だ。まるで未だ見ぬ神秘の宝石が眠る掘削不可能な鉱山のようだ。しかしいずれ彼が死ぬ前に覚悟して深く彼の話、何を見たか、何を感じたかは聞いてもつまらない返事しか返ってこない。内面と思考がないから。しかし深く話を聞き、掘り下げてみるべきだと思う。

それから私は今日齢66の男から頼まれた書類を作成した。その後自分の提出書類を二件作成しメールで提出した。それから一件見積書を作成した。私は金額のことを考えるのが苦手だった。数字のイメージが苦手なので何回も間違えて相手が怒ったこともあった。今日は先方の指定様式の見積書を用いなくてはならなかったので余計に面倒だった。法定福利費を記載する項目があるがこちらの計算した契約金額には法定福利費がすでに含まれているので、部分的な%の計算をして一度書式上で差し引いた金額を出さなくてはならず、その上最終的にはそれから出精値引として金額を差し引かなくてはならない。法定福利費を計算するには自社の定める社会保障比率を用いて割り出さなくてはならない。割り出すのにかけ算を使うのがわからないし0.045がどう数えるのかもわからない。比率が15.33なんだから0.15だろと上司に言われたが逆だったかもしれない。申し訳ないが本当にわからない。100%という言葉を使うとき何が百パーセントなのか主体がわからない。しかし100%は言葉ではなく数字の単位なのでそもそものイメージの段階から掴み損なっている。夜も遅くみんなが帰ってからうるさい女上司と同期の女の子が100%=1とすると1%=0.01になることを教えてくれた。しかし話を聞くと比率の計算式やxの求め方はわかるのになぜそうなるか説明できないらしい。だから駄目だと思った。算数や数学は論理思考だがこの考え方は私が未だ知らない、使うことのできない魔法陣だと思った。=イコールという等式は異なるふたつを問答無用に同一のものと見なす強制的な鍵のようなもので2:x=5:20と問いを定められたときになぜそもそも2:xが5:20なのかというところでがちゃがちゃ獣みたいに鍵を外そうとしても永遠に式が解けない。そもそもなぜ比率の式で内項と外項がそれぞれ対応するのか、なぜ40と5xにそれぞれ変形?移行?増大?したふたつの項が、最終的にxを導き出すことのできる正の道順となるのか、彼女たちはそれが数式だからと言っていたが、キングダムで残虐非道な殺戮を繰り返す桓騎将軍が「これが戦争なんだよ」と言うのに対して飛信隊の信が「それは戦争じゃねェ!」と言い切ったのと同じだった。それは数学じゃねェ。数学はおそらくもっと無限に奥深い。しかし私はアインシュタインを読むのに必ず途中で挫折する。

 

20190331やりたいこと!

やりたいこと…?と言った私は今日は外にいる。私は外にいて行くところがある。時間はカレンダーとして便利になる。カレンダーは予定として便利になる。物事に対する認識や考え方はひとつと定めぬのが吉だと思った。吉−凶の吉へ賭けるのは良いことだと思った。つまり時間を狂った膨大な宇宙として捉えることも、小ぢんまりとしたカレンダー的な目盛りとして捉えることも、どちらも私にとっては有用ということだった。人生の有用な方へ身を任すというのが吉−凶の吉へ賭けるというところのほんとうの意味だと思った。だからなるべく生きることをもっと自分でコントロールすることが必要だと思われた。すなわちやりたいことをちゃんとやろうとするということだった。つまりやりたいことがわからなければたくさん考えた方が吉になるということだった。「何でもやっちまえ!」「やりたいことやれよ!」「やりたくなくなったらやめりゃいいだろ?!」と齢66の上司が言ったのが、もしも私は自分の心に正直にものを言うとしたらうれしい。うれしい。ということになる。意図的に可能性をぶっ潰していくのが人生だと思っていたのは私はそういう馬鹿なお日和見の考え《やりたいことやろう?》というものに、私もまた馬鹿で安易な反抗心から思いっきり反発していただけだったと思われた。泣きべそふくれっつらしかめっ面だだこね。母親の気をもっと引こうと隅っこに陣取って「近寄るな!」みたいな子供と同じだった。つまり大人になるということは…とは言っても子供−大人という近代的な常識も本当はない。でもある。だからないけどある。光と闇を抱いてジェダイとなるように私も現に現代で生きる世代の一端である以上はただの一般人として子供とか大人とか、そういうありきたり且つ有用な考え方もどんどん使っていく方が吉というものだった。つまり大人になるということは、「近寄るな!」とか言っている場合ではない。心身が吉へ流れるように絶えずコントロールしていかなくてはならないと思った。それが齢66の彼が言うところの「やりたいことやれよ!」という言葉の意味だった。彼は馬鹿ではなく、いくつもの考えを通過したのち私に対してそう言っている。それは私は話している人を見ればわかる。私も同じようにして受け取る必要がある。私は馬鹿な啓蒙主義者であるか。実際にそうだからしょうがないが私は他人より前にまず自分だ。だから自己啓発ブログか。馬鹿な。だが実際にそうだからしょうがない。もうぜんぶ仕方ない。私は私の馬鹿さを受け止める必要がある。私は私のできないことを受け止めいやどうでもいい。どうでもいいとする。物事の鍵をかたっぱしから強迫神経症的に頭の中で解除していくのもよいが自ら“どうでもいい”というロックを掛けるのも有用性という点では使えるということだて。

以上、わたしが話しているもの、わたしがなにを話していたかと言うと、サチモスの新譜「the anymal」についてのことであった。聴いた者なら気づいた人も多かろうかと思われ少なかろうとも訝しんだ者もいるかと思われるが、また気づいたものはさらにその奥のもうひとつの事実にももうお気づきだろうと思われるが、それすなわち「we're just animals」という歌詞とテーマであるか。その人はすでにアニマルと化したか。わたしは自らをアニマルと化すのに日々研鑽の思いやっているだと思う。サチモスがミュージシャンとして新譜で到達したのはふつうアーティストなら16,17年かかるようなところであると思われるがまるでボブディランのようだと思った。それは音楽性の話ではなく表現や創作をまさに無限の流浪と認識しこれを実行せんとする精神性の話だった。流浪や放浪は自身の音楽のルーツから離れることではなくてむしろアップデートの信念を持ってルーツへと遡及的に回帰しようとする精神なのか知らないが、サチモスは前作のフルアルバムから2,3年で今作を出したことになるのは、あきらかにサチモスがステイチューンするだけのグループでなかったことを表していると思った。少なくともわたしはそういう風に偏見を持っていた。ステイチューンで首をクネクネしながらシティポップをやっている若者に人気なグループなんだと思っていた。しかしサチモスは完全にあきらかにバンドだった。しかもほんとうの意味でのロックバンドだった。しかも著しく偉大な要素のある石碑に刻まれる類のバンドだった。端的に言って、わたしは批評も感想もやりたくないが、私も彼らに倣って流浪の精神でやるとしても、またある種彼らへ恩を返す意を込めても、その上で端的に言うならば、the  anymalというアルバムは皆が聴いてもよくわからないだろうと思う。皆というのはサチモスがステイチューンで首をクネクネするのにハマる人だったり、サチモスが紅白歌合戦でvolt−ageを歌うのを聴いてすぐさま音楽アプリでチェックして休み明けの教室で話をしたい学生だったり、サチモスの服装がトレンドと化すのに乗っかってTシャツにアディダストラックジャケットリーバイスに靴アディダスで街中で涼しい風と一緒になりたい人だったり、そういう人たちのことだと思われる。しかしそういうイメージを抱いているのは私がこれまでサチモスを聴いてなかったからだった。私は都会的で洗練された曲をやるオシャレなダンスっぽい感じのSNS若者に人気のグループかと思っていた。しかし前作のEPから私は印象は変わりはじめ今まさにthe anymalというフルアルバムをもって伝説と化したようだった。

しかし第一印象として脳天をぶち抜くような、ノーベンバーズの新譜のような衝撃はこのアルバムにはないが、ゆえに聴いてもよくわからないと思う人はいるかと思うが、先に私が吉へ流れることの有用性を述べたときにこの新譜が頭をよぎった人ならば、またさらに奥のもうひとつの事実、それは「we're just animals」と書いてある一個のレリーフかもしれんだが、その字を読むことのできる一匹のアニマルと化した奇体な人ならば、もしかしたら1時間14分すべての曲を通して聴いたあとに、涙を流すかもしれぬ。

しかしそんなことはどうでもいいくらいにこのアルバムは音楽としてすばらしい。観光客に対して適当に地元の見どころを教える一般人として私も話すとする。と、アルバムは全曲ミドルテンポかそれ以下のスローな曲で彩られておる。あとより古いアメリカ音楽へ、というような、都会的なメロウさというより泥くさいような野暮ったいような退屈さが砂地に染み入るような気持ちになる。音楽雑誌や記事のインタビューなら、読者に伝わるようにいくつかのバンドや曲を引き合いに出すか、アメリカ音楽の歴史や文化にも触れるところかもしれないが、またプログレからの影響やクラシック音楽を参照するか、私はそれよりもアニマルとして水辺の草薮か木の上で憩い、日差しを享受するように一匹で聴く姿勢を保ちたい。長いアルバムはゆっくり終わる。メロウな癒しの音楽というよりは厳密に人を規定しまた解放する何かについて考え抜いたような、結晶のようなアルバムそうだ、ちょうど齢66の上司がいくつもの考えを通り抜けたあとに私に向かって言った、あの言葉のようでもある。たしかにあの人は一個のアニマルだった。そして最後の曲はこうやって終わるのが、私は涙が出る思いになる。

器用に生きようとしなくていい

感じたままにいきましょう

shine your boots

oh, shine  your boots

起きたら

眠るまで

転がる石のように

起きたら

眠るまで

やりたいことをしよう

起、きたら

眠、るまで

転がる石のように

愛や悪を恐れる必要はない

私たちは一緒にいるから

20190328やりたいこと

巨大な建物の中にいた。高円寺にいた。建設途中の物だった。私は詰所にいた。詰所から外へ出た。図面と建物を見比べて見た。私は立っていた。巨大なクレーンがあった。詰所へ戻った。齢66の男の手伝いで一緒に現調へ入った。私はA3の図面が50枚くらいでかさばるものを持っていた。巨大な現場であった。私たちは一階正面のC工区内へ入りキープランをもとに今いる場所を確認した。「今どこだ?」と私が言うのに彼は「ここだろ」と言った。頭が速いと思った。柱と階段の位置を数秒で図面から拾って見て取った。それは頭が速い。私がキープランから場所を指示するのに彼はどんどん先へ進んでいって廊下であろうと部屋うちであろうとまだ照明も引かれていない暗闇の奥からイチナナナナサン!コンセント1個!現状PB!仕上がり要確認!ということを大声で言うのに私はちょっと待ってください!と言いながら地べたに図面を広げてメモで追っていくのに時間が掛かったがそれはゲームだった。ゲームは身体と頭を周りの試練的状況に追いついて行こうとするのにエネルギーを空になるまで費やしてそのあいだ存在はまっしろになるような生きてる意味など考えずに済むので、つまり楽しいと思った。楽しい。だけど楽しいですねと言ったら私はおかしいだろう。変だろうという気がする。だが変だと思われたらいけないのか。馬鹿だと思われたらいけないのか。でも私は楽しいですねとヘラヘラ言わなかった。だが頭のつくりの違いは何度も実感することになる。世の中には自分と違う人間がたくさんいる。それは私は今まで知らなかった。しかしそんなことをそのまま書いてどうするつもりなのか。

それを1階から4階まで、別棟に移り3階から地下1階まで行った。校舎棟で2ヶ所の要確認箇所、体育館棟で1ヶ所の確認箇所があり、仮設事務所へ監督員との打ち合わせへ向かった。現場事務所へ入ると彼は喋り方が上手かった。私は他人が喋っているのを見たり聞いたりするのは嫌だった。しかし彼のように上手いやり方をすると誰しも目が離せなくなると思った。たとえば仲間内で饒舌になっている人や自分がビジネスマンでいることに自信を持っている人の話し方は私は刺し殺してやりたくなる思いだが、それは嘘だが、本当は嫌な気分になるのではなく誰かが自信満々でいることを私は外から眺めて見下している優越感に過ぎないのかもしれないが、「そんなこといちいち悩むなよ」と誰かに言われても無理だね。と思う。そいつを刺し殺してやりたくなる。だがそれは嘘だと思う。殺したいと思ってもその勇気はないだろうと思われる。しかしそれを勇気と呼んでいいのかわからない。とにかく気持ちの面では殺したいのは本当だと思われた。とにかく私は他人との距離の取り方をいくら学んでも学んでも、しばらくはわかることはない。しばらくは苦しむことになるか、もしくは有頂天になるか、私は大げさでシリアスで、思いっきり生きるかもしくは今すぐ自殺するか二択しか無いように感じる。「大胆かつ繊細にいくんだよ」と私たちは現調が終わってからまだ昼の3時だが居酒屋にいたときに彼が言ったが、私は「いや、それはわかります、わかるのですが、たしかに私は極端な二択ばかり頭のなかにあり人と話すのでも大胆かつ繊細にいくのは性に合っているのですが問題は話し方です。話し方が自分はまったく駄目なんです」ということを言った。書き言葉にすると早いが、これを実際に喋っている私はもっとノロマだった。あとつっかえる。吃るわけではまったくないが、口が遅いので言葉がゆっくりになる。話しているあいだ喋っている自分の声とその内容が頭に入ってくると削除キーとスペースキーと変換キーを何度も押してやり直したいのに、もう喋ってしまったもう喋ってしまった、喋ると音がもう回収できず相手の耳に入ってしまった、これをどうやってスムーズにやると喋っていることになるのかうわうわうわ、と思いながら喋っているような感じになる。だから電車のなかでペラペラハキハキ喋っている若い男や熟した男や、女たちや、私はバケモンだと思う。バケモンが。と思う。化け物は殺してやりたい気持ちになる。だがそれは馬鹿だと思う。私たちは昼下がりで高円寺の客の誰もいない中華屋にいて、ビールを飲んで豆腐やネギや肉やエビを食べ、煙草を吸い、向かい合って、でもそのすべてが幸せなんだと私は頭で理解しようとした。でも私はよくわからなかった。「まあ趣味でも持てよ!趣味があればリフレッシュできるんだよ」と彼は言ったが私はやりたいことはひとつもないと言った。やりたいことなんてあるか。ない。私はやりたいと思う楽しいことはひとつもない。もし今が苦しいとしたらそれ以外理由などあるはずもない。「やりたいことなんて、簡単だろ!やりたいと思うことを、やれよ!」「やりたいこと・・・?」と私は言った。勉強も執筆も創作もやりたいのではなくやらないと駄目になると思う。駄目になるというのは、私は生きている意味がないということになる。だから自殺しないといけなくなる。音楽を聴くのも知らないことや感覚や感動を新しくおぼえるために、それをしないと生きている意味がなくなってしまうからやっているだけな気がする。気がするだけで、本当はそれは素晴らしいことのはずなのに、すべて袋小路に入る気がする。彼がこれまで見てきた景色の話を私は聞いて目まいがするようだった。アラスカ鉄道でアンカレッジからフェアバンクスへ12時間か16時間か、天井は窓になっているのか。草原が広がっていて遠くに山が見え野生のグリズリーベアが見え、途中の踏切で勝手に降りて迎えの車に乗り込む人や、「今はそんな途中で止めてくれるかわかんねえよ。でも当時はそうだったんだよ」と言った。「アラスカは凍土なんだよ。だから背の高い木は生えねえんだよ。だからグリズリーベアも草原で動物を追い回したりブルーベリーを採って食ったり、あとは川でシャケを採って食ってんだよ」「俺はデナリに登ったんだよ。仲間内とヘリスキーをしに行ったんだよ。ヘリスキーってのはふつうのスキーとはわけが違うんだよ。あれはスキーで一番楽しいよ。スキー場じゃないんだよ。ヘリで山頂まで行って雪の積もった斜面を、こう膝まである粉みたいな雪のなかでボードで足ついて滑るんだよ。滑ると土煙というか、雪だけど、ブワアーッ!ってなってそれを見るのは綺麗だぞ!それで滑っていくんだけど、道が外れたら崖から落ちて真っ逆さまだよ!それでアラスカは良かったな!帰りのセスナが飛ぶかわかんねってんで、氷河のうえで一週間もテントだよ!近くの川で、こう1メートルも川幅がねえんだけどよ、そこに手を突っ込んでよ、さみいよ、シャケがこんな大きさの、手にタオルぐるぐる巻きにしねえと、魚の肌はぬるぬるしてるから採れねえんだよ、さみいしな、手が凍っちまうけど楽しいんだよ、1時間か2時間で、俺は二匹採ったよ、手で掴むってよりこうシャベルみてえにすくって陸に放り投げるんだよクマみてえに、でも陸まで投げられねえとまた川にドボン!であいつら泳ぎだすんだよな、それでシャケはやっぱサーモンステーキだろ!なんつって、おいお前近くでバター買ってこいなんつって、買いに行かせてよ、そこでさばいてコンロで焼いて食って、美味えんだけどよ、近くのガキが自転車で通り過ぎて、なんか言ってるんだよ。シルバーサーモンがどうのこうのって、あとから聞くとよ、現地ではシャケっつったらキングサーモンなんだよ、こんな1メートルもあるやつだよ!それが俺たちが採って食ってるのがシルバーサーモンっつう不味いシャケでよ、よくそんな不味いものが食えるなって、ガキどもそう言ってたんだよ!それで俺たちはそこでセスナを待ってたんだけど、一週間経っても天候不良で飛べるかわからねえってんで、あと一日欠航したら現地の日本領事館が米軍に食料の投下を申請してたらしいんだよ、俺はちゃんと日本領事館に確認書やらなんやら、資料を提出してたんで、そういう手配もやってくれてたんだよ。そう、それでセスナが飛んだんだよ。あと一日ってところで餌が投下されるところだったんだよ。セスナのパイロットがラストチャンスって一言言ってな、4人乗るには荷物をぜんぶ捨てろって言うんだよ。だから俺たちはテントからガスコンロから捨てて、荷物は軽いリュックに着替えだけ詰めて、あとはぜんぶ捨ててセスナに乗って町まで飛んで行ったんだよ。でも着いたら着いたで、セスナが一週間も欠航してたもんで、帰りの日本行きの飛行機がもう飛んじまってたんだよ!その頃俺は23か24だったかな!会社なんてクビになってもいいってんでアラスカまで山登りに行ったんだけど、もうこれで有給と代休もぜんぶ使い果たしちまったってんで、のこり日本に帰れないぶんの日にちはぜんぶ減給だよ!まあそれから帰るまでの一週間レンタカー取ってよ、死ぬほど観光したけどよ!でも帰ってから社長に呼び出されて始末書だよ。会社設立以来休暇で社長に印を押させたのはお前がはじめてだって言われて、その一年後かな!関西に飛ばされたよ!まあ上司だったら怒るよな!そんな部下!」「まあ働くのなんてただの手段だよ!俺は十代の頃から遊びまくってたからな!でもそのために仕事はちゃんとやれよ。朝から夜中までやってたからな!やるときはガンガンやれよ!それで代休をまとめて取って行きたいところへ行けよ!やりたいと思うことや行きたいと思うところをちゃんと考えろよ!それでそれをちゃんと実行に移せよ!そうじゃなきゃ30、40になったときに虚しくなるぞ!片っ端からやりたいと思うことに手をつけるのなんて20代の特権だぞ!」「たしかにそうですけどね!そうですけど」と私は言った。